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かかりつけ医通信 第70号 2004年 9月 6日発行
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健康・医療のお役立ち情報・・・医療の現場から
私達は、医療の現場で働く臨床医です。実際の診療やネット上から
得た健康と医療の役に立つ情報を、市民の皆さんにお届けします。
今年は猛暑でしたね。皆様お変わりありませんでしたか。
猛暑とオリンピックの日本選手の活躍にテレビから離れられなくなり、睡眠
不足も加わってかかりつけ医通信編集部も少々ばて気味で、発行が遅れました
事をお詫びいたします。
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▼目次▼
1)扁桃病巣感染症とは
IgA腎症と扁桃摘出術
2)日本の医療を正しく理解してもらうために
秋田県医師会HPより、川崎市立川崎病院 鈴木 厚先生
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1)扁桃病巣感染症とは
扁桃病巣感染症という言葉をご存知ですか。疾患別に細分化され専門家が幅
を利かす昨今、今回は紀元前640年頃、喉の病気と関節リウマチとの関連を述
べたというヒポクラテスに、しばし思いを馳せてみたいと思います。
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○はじめに:
一般的に「扁桃腺が腫れた」とか「扁桃腺を取った」とか言いますが、「腺」
とは分泌物を作る組織を指す言葉であり、リンパ小節の集合体を指す組織である
「扁桃」には付けないのが正式な呼び方です。また、実際の扁桃は喉の奥(咽頭)
を輪状に取り巻く口蓋扁桃や咽頭扁桃など複数のリンパ組織の総称で、発見者の
名前から「ワルダイエル咽頭輪」とも呼ばれ、主に小児期に鼻や口からの病原体
侵入を防ぐ重要な組織です。因みに口を開けただけで見えるのは口蓋垂(いわゆ
る”のどちんこ”)の両側に見える口蓋扁桃で、現在、扁桃と言えばこれを指し
ます。一方、肥大して障害を引き起こすに至った咽頭扁桃はアデノイドと呼ばれ
ます。
通常、扁桃は1歳過ぎから生理的肥大を起こし、口蓋扁桃は5〜7歳にそのピ
ークを迎え、学童期後半には次第に退縮します。最近は扁桃が(特に子供の時期)
免疫学的に非常に重要な役割を担っているとの観点から、手術に対して慎重にな
っていますが、
1)年4回以上の反復性扁桃炎、
2)嚥下障害や呼吸障害などを起こすような過度な扁桃肥大、
3)後述の病巣性扁桃炎などでは手術が検討されます。
この手術を扁桃摘出術(扁摘)と言います。
昔は局所麻酔で行われていた手術も、最近は全身麻酔が主流で術中の痛みも無
く、操作も口からのみ行なわれ、顔や首に切開が入ることもありません。ただ帰
宅して術創から出血すると止血できないので、食事をしても術創からまず出血し
ないとされる術後1週間から10日が退院の目安となります。
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○病巣感染症について:
体の一部に軽微な慢性感染病巣があり、それが原因となって直接関連が無さそ
うな部位に病気が起こることを「病巣感染」と呼びます。原病巣としては慢性扁
桃炎がその過半数を占め、次いで虫歯や歯周病など歯の病気が多く、副鼻腔炎、
慢性中耳炎、慢性胆のう炎、慢性虫垂炎なども挙げられています。
発症のメカニズムに関してはいまだ不明な部分が多く、現時点では病原体に対
する慢性感染病巣での免疫異常が原因であるとされています。つまり病原体抗原
に対する抗体が慢性感染病巣で作られて免疫複合体を形成し、これが各臓器に達
して二次障害を引き起こすと考えられています。
病巣感染症としては従来、小児におけるA群連鎖球菌による扁桃炎の不適切な
治療に続発する急性糸球体腎炎やリウマチ熱が有名でしたが、近年、成人におけ
る扁摘の有効性が下記疾患群で見直されつつあります。
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○扁桃病巣感染症について:
軽微な慢性扁桃炎を原病巣とする病巣感染症を指し、その多くは難治性で免疫
抑制剤などを長期に服用する場合もあることから、扁摘の有効性が期待されてい
ます。前者の増悪に伴い扁桃から離れた臓器の主症状が悪化することを利用して
両者の因果関係を調べ、診断の根拠とします。即ち、扁桃誘発試験及び打ち消し
試験では、それぞれ扁桃を直接刺激、或いは扁桃の炎症を押さえて、二次疾患の
変化や体温、血液検査の結果で判定します。
扁摘の有効性は掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)やアレルギー性紫斑病
などの皮膚疾患、リウマチ性関節炎やアキレス腱炎などの骨関節疾患、更には
IgA腎症やベーチェット病など様々な疾患で報告されています。今回は2つの疾
患をご紹介します。
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1.掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)
掌蹠膿疱症は手のひらや足の裏に小さな水疱や膿を持つ膿疱がたくさんできる
病気で、1割ほどに胸骨と肋骨、鎖骨の関節がはれて痛む胸肋鎖関節炎を併発す
ることが特徴です。他人にうつることは無く、殆どの症例が3〜7年で自然治癒
しますが、経過が長く非常に再発傾向が強いので、患者さんは一喜一憂してしま
いがちな疾患です。原因として病巣感染の他、金属アレルギーやタバコなども挙
げられており、検査により原因を特定できれば、その除去による劇的な改善も期
待できると言われています。
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2.IgA腎症
IgA腎症は糸球体へのIgAの沈着を特徴とし、約7割が検尿を契機に発見される
比較的若年者に多い疾患で、確定診断には腎生検による糸球体の観察が不可欠で
す。約1割に感染後の血尿を見るものの多くは無症状で慢性に経過しますが、約4
割の症例は発症後20年で末期腎不全に陥り、透析治療などを必要とします。
透析治療は患者さんや家族の精神的・経済的負担や、国の医療費も大きなもの
になりますので、その主な原疾患である糖尿病およびIgA腎症における腎障害の
予防は大きな問題となっています。
反復性扁桃炎はIgAを産生し、IgA沈着が糸球体の炎症を惹起することから、
扁摘が IgA腎症の成因の上流を断ち切るとの考え方があります。海外ではIgA腎
症に対する扁摘に否定的な報告が多いようですが、国内では糸球体の病変が軽い
段階であれば扁摘とステロイドパルスの併用療法で高率に腎症の寛解(尿異常の
正常化)が期待でき、一旦、寛解が得られた後の再燃はまれで、将来の腎症進行
の心配がなくなるため、特に若年患者にはメリットが高い、とする報告もありま
す。
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○おわりに:
木を見て森を見ず、ということわざがありますが、専門分化した上にいずれの
分野でも日進月歩の現代の医療の中で、兎角、私たち臨床医も思いがけぬ因果関
係に足をすくわれることがあります。今回は自戒の意味も込めて、古くて新しい
疾患につき、ご紹介してみました。
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○参考サイト:
耳鼻科50音辞典:
http://homepage1.nifty.com/jibiaka50/index.htm
日本口腔・咽頭科学会 病巣性扁桃炎 扁桃病巣感染症
http://www.kokuinto.ne.jp/qa_6.html
旭川医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座
http://www.asahikawa-med.ac.jp/dept/mc/oto/frameoto/framedat/otsikkan/tonsil/tonsil.htm
IgA nephropathy:
http://renux.dmed.ed.ac.uk/EdREN/EdRenINFObits/IgALong.html
腎疾患治療と腎不全の進展抑制:
http://www.medical-tribune.co.jp/mtbackno2/3211/11hp/M3211241.htm
岡山大学耳鼻咽喉科 IgA腎症扁摘症例の長期予後
http://www.okayama-u.ac.jp/user/med/oto/oto/focal.html
扁桃摘出+薬の波状投与 早期なら高い完治率
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/saisin/sa462101.htm
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2)「日本の医療を正しく理解してもらうために」
川崎市立川崎病院 鈴木厚先生
先日、秋田県医師会のホームページに、川崎市立川崎病院の鈴木厚先生の
論文が掲載されました。
一般の方々にも、医療関係者にもわかりやすく「日本の医療」について説明
してあります。長文ですが是非ダウンロードして全文を読んでいただきたい
と思います。
今回は、この中から、秋田県医師会と鈴木先生の許可を得て、まとめの部分
の「日本の医療をどうするか」を皆様にご紹介します。
秋田県医師会HP
http://www.akita.med.or.jp/
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■ 日本の医療をどうするか
国民の多くは病院で生まれ、病院で死にます。「ゆりかごから墓場まで」
の医療福祉は「紙オムツから紙オムツまで」の医療福祉となっています。
日本人にとって一番の関心事は医療福祉でありながら、このように身近で
大切な医療福祉が、崩壊寸前にあることをまだ多くの国民は気づいていま
せん。
昨年の総選挙において、各政党は「医療のあり方」だけでなく「医療の現
状」さえも故意に隠しました。各党のマニフェスト(公約)を読んでも、医
療については曖昧な言葉で国民の目を誤魔化しました。
政策を具体的数値で示さないのは無責任政治であり、雰囲気だけで丸め込
もうとする言葉だけの政策は、本来の政党政治とはいえません。このような
政治に期待はできません。むしろ騙されないように常に監視する必要があり
ます。
厚労省官僚は秀才集団です。日本の医療について何でも知っているはずな
のに、財務省主導の医療費抑制政策に反対できず、また医療現場にゆがみを
もたらしています。社会の木鐸であるマスコミは「日本の医療が悪いのは、
提供する医療側が悪い」という図式に固まっています。このような背景の中
で、医療、福祉を改善させる方法はないのでしょうか。
残された方法は、何も知らされていない国民に、「医療のあり方」「福祉
のあり方」を直接説明して判断してもらうことしかありません。医療改革が
医療改悪であることを分かってもらい、医療費抑制政策の間違いに気づいて
もらい、国民が満足する、納得する医療を作り上げる以外に方法はないので
す。
世界で一番良い医療を、世界で一番安い値段で治療を受けていることを国
民は知りません。さらに医療費の自己負担増を自己責任という美名で政府が
誤魔化していることを知りません。何も知らない国民は、医療をサービス業
と考え、満足できる医療を受けられないのは、医療を提供する医療側が悪い
と思っています。
またかつての病院は、家族が患者さんに付き添い、食事や排便の世話をし
ていました。そのため家族は生死の実情や病気そのものを漠然と理解し、医
師や看護師が忙しく働いているのを知っていました。厚労省が家族の付添を
禁止したため、面会だけにくる家族は病院の実情を知らず、病院への不信感
を抱くようになったとも考えられます。
国民の医療に対する満足度が低いのは医療従事者が怠慢だからではありま
せん。これは大きな誤解です。国民医療費が少ないため、人的パワーが少な
く、患者さんに満足してもらえる医療サービスを提供できないのです。
まず医療の主人公である国民に医療の現状を分かってもらい、国民を不幸
に導く最悪のシナリオを変えることです。国民の意識が変われば、政治家の
意識も、マスコミの報道も必ず変わるはずです。美辞麗句に慣らされてきた
国民にきれいごとは通用しません。昨年の総選挙で各党が作った写真とイラ
ストだけのマニフェストなどは意味がありません。このわら半紙に文字と図
だけの説明で十分理解できると思います。国民は、政府から、マスコミから
何も知らされず愚衆化されています。しかし日本国民は決して愚衆ではあり
ません。世界水準を超える知的民族だと信じています。正しい説明、正しい
資料を提示すれば必ず正しい判断をしてくれるはずです。
日本医師会は国民の健康を守ることを常に優先して考えています。日本医
師会は自分たちの利益を守る団体という大きな誤解と邪推を受けています。
しかし医療の現場を知る医師会は、国民の生命と幸せを守るための医療を真
剣に考えています。国民の健康と生活を守ることを大きな課題として取り組
んでいるのです。
医療は社会的基盤といえます。近所に小児科医の病院や救急病院があれば、
それだけで安心して住民は過ごせるのです。この医療という社会的基盤が崩
れれば、国民は不幸になるだけです。しかし現在、国のみならず地方自治体
も病院の赤字縮小ばかりを考え、公的病院を廃院にしようとしています。医
療の公共性を考えず、無駄な道路を造りながら病院の撤退ばかりを考えてい
ます。
国や地方自治体は、国民や住民に対して公的なサービスを行う責任がある
はずです。医療、福祉、安全保障、このように必要なことは、たとえ採算が
とれなくても行う義務があるはずです。住民が安心して住める社会、つまり
医療、介護、福祉、治安の維持を堅持することが行政の任務のはずです。
医療に効率を求めるという考えは、医療の無駄をはぶくというイメージが
あります。しかしそれは間違いです。多くの病院が赤字なのは病院が赤字に
なるように日本の医療が統制されているからです。赤字を非難するならば、
赤字を誘導している医療体制、医療政策を非難すべきである。
資本主義社会における効率化は良い製品をより安く売るための競争ですが、
この効率主義を別の言葉で言い換えれば金儲けのための企業の論理と表現す
ることができます。最近、この企業の論理を医療に持ち込もうとする動きが
あります。しかし彼らの理屈は根本的に間違っているだけでなく、国民を不
幸のどん底に陥れる危険性を含んでいます。医療制度の美味しい部分だけを
食い荒らし、儲からない患者さんを突き放すことになります。医療を必要と
する患者さんが医療から追い出され、福祉の恩恵も受けられず、医療難民が
路頭に迷うことになります。
日本の医療は統制医療であり、診療報酬、つまり、利益誘導、損益誘導に
よって医療が牛耳られています。そのため医療にとって最も大切な小児科や
救急医療の診療報酬が低く設定されているので、病院がそれやりたくても、
赤字になるので出来ないのです。この医療現場を知らない者が作る医療シス
テムが根本的に間違っているのです。
政府は厚労省の医療政策とは別に、総合規制改革会議で医療改革を進めて
います。総合規制改革会議の議長はオリックス会長の宮内義彦氏で、構成員
15人には医療関係者は一人も含まれていません。そして医療改革の内容は、
医療への市場原理の導入なのです。
医療への企業参加を認め、医療に競争の原理を導入させることは、アメリ
カの医療の物まねですが、この政策の根底には、医療の自由化という美名の
もとに、国が出すべき医療費を患者さんに転嫁させることなのです。「医療
への企業参入は、すなわち医療に金儲け主義」を持ち込むことであり、日本
の医療の根底を覆す危険性があります。
現在、日本国民の約三割の人たちが、65歳以上では六割以上の人たちが
通院生活を余儀なくされています。このように私たちは生を受けてから死を
迎えるまで、医療と深い関わりを持つ運命にあります。国民の誰もが健康を
願い、不幸にして病気になった時には、当然のこととして最善の医療を望み
ます。しかし日本の医療を理解しているひとはわずかばかりで、多くの人々
は日本の医療を知らないでいます。日本の医療の現状を知り、日本の医療が
崩壊の危機に面していることに気づいてほしいのです。
身近な問題である日本の医療について、国民的な議論と認識が必要です。
日本の医療をどうするのか。住民の健康を守る医療、いざという時に対応で
きる医療、国民や住民に安心感を与える医療の充実をはかるべきです。
政府が国民の健康と生命を軽視するならば、また医療改悪を続けるならば、
医療を良くするために行動を起こすべきです。医療を他人の問題のようにと
らえてはいけません。いずれ誰でも病気になり、医療の現実と直面するので
す。そのときに後悔しないように、医療を身近な問題として真剣に考え行動
すべきです。
国民の一人ひとりが日本の医療の現状を知り、そのあり方を議論し、理想
に近い満足できる医療にして欲しいのです、真面目な議論が、日本の医療、
日本の社会を明るく照らしてくれることを願っています。
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○ 鈴木 厚先生のおもな著書
日本の医療に未来はあるか ―間違いだらけの医療制度改革
ちくま新書 (2003/04) 筑摩書房
日本の医療を問いなおす ―医師からの提言
ちくま新書 (1998/10) 筑摩書房
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【発行】「かかりつけ医通信」発行委員会
当委員会は、趣旨に賛同した医師による、自発的な会です。
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【編集】
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