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 かかりつけ医通信    第66号   2004年4月8日発行
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    健康・医療のお役立ち情報・・・医療の現場から
 私達は、医療の現場で働く臨床医です。実際の診療やネット上から
 得た健康と医療の役に立つ情報を、市民の皆さんにお届けします。
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前回は新宿さくらクリニック院長 澤村先生に性感染症の考え方 〜ほんとに
ホントのSTD〜の寄稿いただきました。そこで、今回は性感染症(STD)と
はどんな病気なのか、編集部でまとめて澤村先生に監修していただいたものを、
簡単にご紹介したいと思います。また医療制度では、4月から改訂された診療
報酬のうち手術料の不思議について説明します。
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▼目次▼
1)STDとはどんな病気なのでしょう
2) 手術料の不思議  施設基準など16年4月改訂について
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1)STDとはどんな病気なのでしょう

 STDとは Sexually Transmitted Disease(性行為でうつる病気)の略です。
日本で古くからいわれてきた性病(淋病や梅毒)というイメージよりも、広い
範囲の病気を指します。性行為でうつる可能性のある病気としては、淋病や梅
毒のほかにも、クラミジア、ヘルペス、そしてAIDSなどがあります。これ
ら有名な病気は誰でもSTDだと知っていますが、これらのほかにも伝染性単
核球症、B型肝炎、尖圭コンジローマ、トリコモナス、マイコプラズマ、ウレ
アプラズマなどなどいっぱいあるのです。
 このように考えるとSTDは意外に身近にある病気です。STDの感染経路
は、「性器を介するほどの濃密な接触」ですから、考え様によっては、STD
を起こす原因菌(またはウィルス)は、非常に感染力が弱いものだといえます。
また、保菌者たちはSEXができるほど元気な人たちですから、感染していて
も、すぐには体に大きな障害を起こさない病気だともいえます。ですから、万
が一STDにかかってもむやみに怖がる必要はありません。
 とはいえ、AIDSのように命取りの病気や、尖圭コンジローマのように子宮が
んの原因になったり、淋菌や梅毒、クラミジアのように自分の子供に影響する
ような病気たちですから、決してなめてかかってはいけません。
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○ STDは何科にかかればいいの?

 本来「性病科」などという講座は医学部にはないのです。STDは、感染経
路が泌尿生殖器を介するというのであって、感染症というとらえ方からすれば、
内科の病気であってもおかしくはありません。事実、クラミジアはSTDとし
て有名になるずっと以前からトラコーマという目の病気として世に知られてい
たのです。
 したがって、原則的にはSTDを見てもらうためには、症状が出たところの
専門に行けばよいのです。女性性器なら婦人科、尿道が痛ければ泌尿器科、皮
膚がかゆければ皮膚科・・・という具合です。原則はそうですが、実際はそう
そう単純ではありません。どんな病気でもそうですが、その病気の経験が豊富
で、信頼できそうな施設を選んでください。もちろん病気の治療には健康保険
が使えますが、「検査目的のための検査」は、人間ドックと同じく健康保険は
使えません。
 なぜ先進国といわれる国の中で日本だけクラミジアや淋菌、HIV感染症を
含め、STDが年々増加しつづけているのでしょうか。こんなに感染力が弱く
て、治し方もわかっている病気がいつまでも蔓延しているのは不思議ではない
でしょうか?その理由は、以下のようなものが考えられます。

1.「STDなんか決められた薬を飲ませれば簡単に治っちゃう」と考えてい
るドクターと患者さんが意外に多いこと。
 痛いとか痒いとかの症状がおさまれば、菌は全部いなくなったのでしょうか
?もしも治療後の判定検査を怠ったり、患者さんが途中で治療を勝手に止めて
しまうと、菌が残っていて再発を繰り返したり,パートナーや他の人に移した
りしてしまいます。

2.日本では「STDは性生活をしているカップルの病気である」ことを認識
がうすいこと。
 パートナーも治療しなければそのうちまた感染するに決まっているのに、ド
クターから注意されてもパートナーに黙っている人が多いのです。

3.SEXパートナーが複数いることが多くなってきたのに日本ではコンドー
ムの使用率が低いこと。
 STDに繰り返してかかる患者さんは、そうでないひとに比べるとSEXパ
ートナーの数が多く、性行為の頻度の高いことが統計上明らかになっています。
フリーセックスを煽る風潮が社会全体にあるように思いますが、それならそれ
で予防方法もしっかりと宣伝べきでしょうが、現実は厳しいものがあります。
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○ 代表的なSTDについて

<クラミジア>
 クラミジアとは、セックスによりクラミジア・トラコマティスという病原体
に感染する病気です。クラミジアは細菌とウイルスの中間のようなもので、ク
ラミジア属には、pneumoniae, psittaci, pecorum, trachomatis がありますが、
性感染症の原因となるものはtrachomatis(トラコマ−ティス)だけです。精
液、膣分泌液のほか、血液、唾液などにも含まれているため、性器の接触だけ
でなく、唾液が混じり合うようなキスや、口や肛門など性器外性交でも感染し
ます。感染者は若い女性に多く、最近は15〜19歳の若年層にも感染者が増え
てきました。感染報告が現在もっとも多い性感染症です。潜伏期間は数日です
が、感染した病原体が少ないと1ヵ月ぐらい後に発病することもあります。

 男女とも症状が軽いため気づかないことも多く、「自分が感染源である」と
いう自覚がないまま、感染を拡げてしまうことが多いのです。特に女性の場合
は症状が出にくいために、はじめは子宮の頸管部に起きた炎症(子宮頸管炎)
が子宮内膜、卵管、腹腔内へと体の奥へ奥へ広がる恐れがあります。女性に比
べると男性は症状が出やすいのですが、それでも、尿道から分泌物が出る程度
で、放っておいても自覚症状が消えてしまうので、治療を受けなかったり勝手
に中断してしまう人が多く、これも体の奥に入り込み、前立腺に膿を持ったり、
睾丸に感染して不妊症の原因になったり、周囲に感染を拡げる原因となってい
ます。自然治癒することはほとんどなく、無治療でもかなり長い間症状の悪化
は伴わず保菌状態が続く傾向があります。女性が感染したまま妊娠・出産する
と、産道を通るときに赤ちゃんに感染(母子感染)し、「新生児結膜炎」「新
生児肺炎」が起こる危険があります。

 検査では、女性の場合、子宮頚管や膣内の分泌物、血液を調べます。最近は
母子感染予防のため、妊娠したときにこれらの検査を行うところも増えてきま
した。男性の場合は、尿道の分泌物もしくは尿を調べます。

 治療には抗生物質が用いられます。クラミジアの治療には有効な抗菌剤があ
ります。ペニシリンなどの抗生物質は効きません。抗菌剤の中にも効くものと
そうでないものがありますので、専門施設でご相談ください。
 クラミジア感染症の治療は原則的に14日以上かかります。クラミジアは感
染すると粘膜細胞の中に入り込んで(寄生して)しまいます。3−4日に一度
寄生した細胞を破壊して外に出てきて感染を広げます。抗菌剤が効くのはこの
時期だけですので、他の病原菌に比べると治療期間が長く必要です。近年、
「3日間で効く」という薬が出ましたが、健康保険の適応がないことと、通常
量の2−3倍を服用する必要があり、日本では一般的には使われていません。

 尚、パートナーが一緒に治療しなければ、治ってもすぐうつされてしまうの
で要注意です。また、複数のパートナーがいる場合は、「性行為をするグルー
プ全員」の治療をしなければなりません。自覚症状が消えても投薬の中止は専
門医の判断にゆだねることです。勝手に治療を中止してはいけません。このこ
とはSTD全般に共通して言えることですので特にご注意ください。
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<淋菌感染症>

 淋菌と呼ばれる細菌によって感染する病気です。1回のセックスでうつる確
率は50%とも言われ、かなり強い感染力を持っています。潜伏期間は2〜10
日で、症状が激しいのは男性です。尿道にかゆみや熱っぽさをもち、放ってお
くと尿とともにウミが出て、排尿時に猛烈な痛みを感じるようになります。さ
らに感染が広がると「前立腺炎」や「副睾丸炎」になったり、尿道が狭くなっ
て(「尿道狭窄」)排尿しづらくなったりします。女性の場合は、おりものの
増加や性器のかゆみ程度で、症状が激しくないため感染が進みやすく、炎症が
子宮の奥や卵管に進むと不妊の原因となります。感染したまま出産すると産道
で赤ちゃんに感染し、淋菌性結膜炎を起こして失明させることもあります。抗
生物質の普及で一時は減りましたが、最近は男女ともに増加の傾向が見られま
す。
 オーラルセックスの一般化により、咽頭感染が目立ってきています。のどに
感染すると、腫れや痛みの原因になります。また、感染者の手についた菌から
目に感染することもあり、「結膜炎」を起こし、かゆみやめやにの増加の原因
になります。

 検査は、女性の場合、膣などからの分泌液を調べます。場合によっては尿検
査も行います。男性の場合は尿検査が一般的ですが、尿道を軽くこすって(擦
過して)淋菌の有無を調べることもあります。「偽陰性」といって感染してい
るのに陽性にならないことがあるからです。淋菌感染症の場合、菌の耐性を確
認し、治療方法を決めるものでもあるため非常に重要な検査です。

 有効な抗生物質の内服や注射を1週間程度続けると、だいたいつらい症状は
なくなりますが、医師がよいと判断するまで治療・検査を受けてください。自
己判断で投薬の中止をしてはいけません。最近は抗生物質に耐性のある菌が出
現し、年々治りにくくなっているといわれています。 
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<尖圭コンジローム>

 尖圭コンジロームはHPV(Human Papiloma Virus=ヒトパピローマウイル
ス)というウイルスの感染によって起こる病気です。感染から約3カ月後に発
症します。ほとんどはセックスでうつるのですが、忘れたころに発症するので、
セックスとの関連気づかない人も多いかもしれません。又、HPVに感染して
も尖圭コンジロームを発症しなければ、男女ともにこれといった症状はありま
せん。そのため放置されやすく、気づかずにセックスしてしまい、感染を広げ
てしまうケースが増えています。

 女性は主に膣から肛門のあたり、男性は亀頭や包皮、陰嚢、肛門のあたりに、
先の尖った白〜ピンク色の細かいイボができます。大きさは、直径1〜4mm、
高さ2〜15mm程度です。増えるとイボが群がってカリフラワー状になります。
 ときには子宮頸ガンや陰茎ガンにまで進展することもあるともいわれていま
す。HPVは90種類以上の型に分類されていますが、ガン化しやすいタイプと、
あまりガン化しないタイプがあり、尖圭コンジロームを起こすHPVの主流は
どちらかといえば、ガンと関係のあるタイプではありません。しかし、ときど
き尖圭コンジロームの病巣からガンを起こすと考えられているタイプのHPVが
検出されることがありますので、一度かかった人は定期的にガン検診を受けま
しょう。
 尖圭コンジロームは一度できると自然に消えることはほとんどありません。
治療は患部を電気(レーザー)で焼いたり、液体窒素で凍結させて除去する方
法が一般的です。たくさんあるイボを取り除くことは大変な作業です。すっか
り取り除いてもHPVは残っているので、再発することも多々あります。根気
よく治療に取り組みましょう。再発しやすいのできちんと根気よく、治療を続
けることが大切です。
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<性器ヘルペス>

 性器ヘルペスは、単純ヘルペスウイルスによって感染する、クラミジアに次
いで多いSTDです。尚、ヘルペスには、単純ヘルペスと帯状ヘルペスがあり
ます。単純ヘルペスには、1型(口唇ヘルペス)と2型(性器ヘルペス)があ
り、2型が性感染症とされてきました。ところが最近では、オーラルセックス
によって1型と2型が半々だといわれています。現在2型ヘルペスの検査は一
般施設では不可能ですし、1,2型の区別がなくなってしまったのでSTD検
査としてのヘルペス抗体検査は、臨床的な意味が薄れてしまいました。
 セックスで感染すると、3〜7日後に性器(外陰部)に軽いかゆみや不快感
が起こり、その後米粒大の水疱が現れて激しく痛みます。発熱をともなうこと
もあります。やがて水疱はつぶれて潰瘍となり、さらに痛みが激しくなります。
男性の場合、水疱は亀頭や陰茎の体部にできます。ウイルスが尿道に入ると、
排尿が困難になることもあります。

 症状と局所所見から診断することが可能です。現在2型ヘルペスの検査は一
般施設では不可能です。また、1,2型の区別がなくなってしまったのでST
D検査としてのヘルペス抗体検査は、臨床的な意味が薄れてしまいました。
 軽症の場合は抗ウイルス剤の軟膏を塗布し、中程度以上では抗ウイルス剤を
内服するのが一般的です。症状が出ている間は水疱や潰瘍から感染するため、
セックスは厳禁です。通常は1〜2週間のうちに症状が治まりますが、症状が
おさまってもウイルスは体内にすみついてしまい、絶滅させることはできませ
んので、疲労やストレスなどによって体力や抵抗力が落ちたときに再発をくり
返すことがあります。ただし再発の場合は、同じように性器に水疱や潰瘍がで
きても、痛みなどの症状はかなり軽くなります。このように、ヘルペスウイル
スは神経節に潜伏感染し、時々、再活性化されて他の人へ感染させるという特
有の性質を持っています。再活性化の場合は、皮膚などに症状が出ない無症候
性のこともありますから、唾液や性行為から、気づかないまま次の相手に移し
てしまうことも多いとされています。
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○ 参考ウエブサイト:
新宿さくらクリニックホームページ
http://www.ne.jp/asahi/ssc/sakuraclinic/

NTT-Data Healthクリニック>病気>性感染症
http://www2.health.ne.jp/library/2100-15.html

性感染症 〜JHCの NET PLAZA
http://www.jp-health.com/std/ct.htm

性感染症(STD)講座 〜BIGLOBE健康
http://health.biglobe.ne.jp/bn/0100_sei.html
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手術料の不思議  16年4月改訂について
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○ はじめに

 今年もこの4月1日から2年に一度行われる医療費の改定がありました。
しかし今回の改訂は全体の医療費を今のまま据え置く(報酬本体が±O%の
改訂)ことが前提で協議されたため、大幅改定とはならず、中医協によると
「医療の安全・質の確保の観点から小児・精神医療などの重点評価にとど
まった」ようです。従って、窓口での支払いに大きな混乱は無いと思いま
す。
 しかし、2年前の14年度改定は史上初の本体点数のマイナス改定であっ
たためか、なかなか現場にマッチしない点数設定もみられましたし、医療
機関にも患者さんにも納得しにくい内容でした。なかでも手術料の施設基
準と減算ルールは、現場での混乱が大きく早急な見直しが求められていま
した。
 それは、高度な技術を必要とする手術を一定の専門医療施設に集中させ
るために、手術症例数などによって定められた施設基準を満たさなければ、
その手術料を3割減算するという、いわゆる「手術施設基準」が導入され
たわけです。
 しかし、「なぜ特定の手術に基準を設けたのか?」・「基準として設け
られた症例数の根拠とは?」・「手術は外科医の技術による部分が大きい
のではないか?」・「減額の幅となった30%の根拠とは?」など、この基
準への疑問が現場から発せられ、賛否両論混乱しました。
(その後,基準に満たない施設でも専門医の執刀であれば報酬の減算には
ならないなど、いくつかの基準が緩和されました。)

 16年の改訂で、手術の施設基準が見直されたわけですが、今回は、手術
料とはどんな風に決まっているのか、施設基準とは、施設によって手術料
が違うのはどうしてなのかを説明したいと思います。
 しかしこの不思議をわれわれ医師も理解できないものもありますし、簡
単に説明して一般の方たちに理解して貰うこと自体が難しいシステムなの
ですので、分かり難い表現もあることをお許し下さい。
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○ 手術の暫定見直し 減算施設は手術廃止へ

 今回の改訂にあわせ厚労省保険局の西山医療課長は、昨年東京都内で開
かれた東京都病院学会設立記念シンポジウムで、具体的な改定内容では、
まず手術の施設基準の暫定的見直しについて、「前回改定では、手術に対
するメッセージがあいまいだったことに問題があった。今回、暫定的に見
直したが、考え方としては、症例数と医師経験年数の両方を満たさない施
設は手術をやめていただきたいということだ」と解説しました。

 従って今回の改訂は、見直しと言うよりも「複雑な手術は経験の浅い医師
・症例数の少ない施設では行わないで欲しい。もし行うなら減額しますよ」
という改訂だとも言えます。

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○ 「手術料の施設基準不適合減算は見直し」ですが
  ではどんな見直しになったのでしょう。

 手術の施設基準については、(16年度改訂)
 (1)症例数と常勤医(臨床経験10年以上)の基準を満たす医療機関は5%
    加算
    但し、施設基準は届け出制で社会保険事務局長に届け出た医療機関
    で行われる手術に限り加算
 (2)症例数は基準を満たさないが、常勤医の基準を満たす医療機関は減 
    算せず
 (3)症例数・常勤医ともに基準を満たさない医療機関は30%減算
    施設基準を届け出ていない医療機関は30%の減算
の3区分とすることになりました。

 これだけ見ると、症例数と常勤医の基準を満たした施設での手術は4月か
ら手術料が今よりも5%加算になると考えます。しかし今回は、施設基準の
対象となる手術の点数は、改定と同時に現行点数より一律5%点数を引き下
げられており、加算とは名ばかりで、施設基準をクリアしてやっと今と同じ
ということなのです。逆に症例数と常勤医の基準をともにクリアできない医
療機関は、認可の届け出も出来ませんし、もし必要で、これらの手術を行っ
たとすれば現行点数に比べ実質的には35%減算されることになります。
 症例数と医師の条件をクリアして、改訂では5%加算になるのではなく、
クリアして始めて現在の手技料と同じになると言うトリックが隠されている
のです。

 この様に同じ手術を受けても、受ける施設・術者によって手術料金は大き
く異なるシステムになっているのです。これを「一物二価」と言っています
が、本来日本の医療制度では認められていないものです。

 そして、この制度の対象となる手術は、全ての手術ではなく、約110種類
のあらかじめ決まった手術だけで、主に悪性腫瘍の切除や心臓血管系でも複
雑な手術が対象となっています。それ以外の手術に関しては今回の改訂では
手術料は全く変わっていませんし、施設基準の届け出も必要ありませんので、
手術を受ける患者さんも、どこで受けるのかによって手術料が違うのです。

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○ 「年間の症例数」
  手術をおこなう為のその他の施設基準とは

 今回の改訂では変更されませんでしたが、手術の施設基準には、上記の
3つの施設基準以外にこれまで通り「年間の症例数」と言う規定がありま
す。これはある手術を行う場合には、その施設での年間手術症例数が一定
の例数以上ないと認めないという基準です。手術の数が多いほど成績がよ
いとの考えに基づくものですが、批判も多く、14年の改定直後に、この症
例数が大問題となり、手術件数と質の相関性には根拠がないことや、手術
によっては、その地域や都道府県で全く手術が行えない所もあり、途中で
専門医の手術では症例数を緩和するという見直しがなされました。

その内容は下記のようなものです。
 ●症例数の基準を60%以上満たしており、各手術グループに掲げる学
会が認定する専門医・認定医が手術を行った場合は、減算を行わない。
 ●特別な救命救急センターが行う脳動脈瘤被包術、脳動脈瘤流入血管
クリッピング、脳動脈瘤頸部クリッピング、肺切除、肝切除については
減算を行わない。

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○ ではどんな手術が対象となり、年間の症例数はどんな基準なのか

 すべての手術が対象ではなく、手術のうち前述したように約110の手術
が対象となります。
そのうち症例数によって3区分に分かれています。
 一部をご紹介します。
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1. 年間50例以上の区分Iに分類される手術(専門医なら30例以上)
 脳外科での腫瘍や腫瘤の摘出、脳動脈瘤のクリップなどが対象です。
 眼科・耳鼻科の複雑な手術もふくまれています。
 胸部外科では
  膿胸手術の場合の胸郭形成術・肺切除術・肺悪性腫瘍手術
  胸腔鏡下肺悪性腫瘍手術などがあります。

2. 年間10例以上の区分2に分類されるもの(専門医6例以上)
 整形外科の靭帯断裂形成手術、骨悪性腫瘍手術、脊椎・骨盤悪性腫瘍手術
 脳外科の水頭症手術、脳血管内手術、経皮的脳血管形成
 泌尿器科の前立腺悪性腫瘍手術、経皮的尿路結石除去術など
 眼科の角膜移植術
 消化器外科では肝切除、膵頭部腫瘍切除など
 婦人科の子宮附属器悪性腫瘍手術(両側)
 などです。

3. 年間5例以上の区分3に分類されるもの 
 食道切除再建術、食道腫瘍摘出術、食道悪性腫瘍手術
 同種腎移植術
 耳下腺悪性腫瘍手術、上顎骨悪性腫瘍手術
この3区分が症例数による制限を受けます。
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この3区分が症例数による制限を受けます。

4.その他の症例数が必要な手術

 人工関節置換術  50例以上
 乳児外科手術       20例以上
 ペースメーカ移植・交換  30例
 冠動脈バイパス手術・体外循環  100例以上
 経皮的冠動脈形成術、経皮的冠動脈ステント留置術は100例以上

等の手術で症例数が決められています。しかし胃癌などの胃切除術は対象に
なっていませんし、大腸癌の結腸・直腸手術なども対象の手術ではありませ
んので、全ての悪性腫瘍とは限りません。

 また手術の施設基準でも、普通は循環器内科で行っている治療法も対象に
なっており、ペースメーカー移植術・交換術は循環器科なら、また、経皮的
冠動脈形成術、経皮的冠動脈ステント留置術などは、循環器科標榜している
病院なら、経験5年以上の心臓外科医が常勤しているか、連携がとれれば、
内科で行う事の出来る治療となっています。

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○ もう一つの改訂
  情報公開・詳細な説明とは

 今回の改訂のもう一つの基準は情報公開と説明を求めたものです。
 これらの手術を実施しようとする医療機関は、都道府県に届け出た過去
1年間の手術件数について、「見やすい場所に院内掲示」することが義務づけ
られ、これを怠った医療機関は、常勤医師の経験年数と症例数に関する基準
を満たしていた場合でも、当該手術の基準点数から30%減算とされることに
なるのです。加えて、医療機関ごとの情報公開と、手術を予定する患者への
手術内容の詳細な説明も求められました。
 つまり、医療機関が手術の点数算定に際して減算とならないためには、症
例数を院内掲示したり、手術内容・合併症などを患者に説明することが不可
欠となるのです。このため、医療機関の情報公開をめぐる議論に拍車がかか
るとの見方もありますし、厳しい規制のあった医療機関や医師の広告にも影
響及ぼす事と思われます。

下記のような条件が必要となっています。
 ●手術を受けるすべての患者に対して、当該手術の内容、合併症及び予後
 等を文章を用いて詳しく説明を行い、併せて要望のあった場合、その都度
 手術に関して十分な情報を提供すること。
 ●患者への説明を要する全ての手術とは、手術の施設基準を設定されてい
 る手術だけでなく、当該医療機関において行われる全ての手術を対象とする。
 なお、患者への説明は、図、画像、映像、模型等を用いて行うことも可能
 であるが、説明した内容については文書(書式・様式は自由)で交付、診療
 録に添付するものであること。
 ●院内に掲示する手術の件数は、前年(平成15年1月から12月)までの
 手術の件数を、届け出た区分の手術ごとに計算すること。

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○ まとめ

 この施設基準が診療報酬に取り入れられた14年から、手術の施設基準に
関しては、賛否両論ありました。
 医療事故の多発は、医師の未熟さによる手術ミスが主な原因との考えで
その防止には、経験のある医師が常勤し、症例数などを満たさない施設では
行わせないという事に、厚労省もマスコミも持ってゆきたいのでしょう。
勿論、昨今の医療事故の一部には、医師の未熟さ故の医療事故もあるのは
事実ですが、施設基準を作って手術をさせないことで解決できるのかどうか
疑問です。ここにも、現場、患者無視の国の改訂が顔を覗かせています。
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● 手術件数と手術の質には相関はない

今回の改訂に対して、日本外科学会の松田会長は「手術件数と質の相関性に
は根拠がなく、地方の医療を揺るがすもので満足できない」と反対されてい
ます。
 一定の症例数をクリアできない医療機関の手術料を3割減額する施設基準
が果たして妥当であるのかを検討した日医総研の報告でも、「症例数が多い
医療機関ほど、手術成績がいいという理論で2002年の診療報酬改定で導入
された基準だが、3つの中核病院を対象にした調査では、症例数、手術時間、
在院日数(予後が悪ければ在院日数が伸びる)の間に統計的有意差や、相関
関係を見出すことはできなかった。」と結論しており、他にも症例数と手術
成績は関係ないとの結果です。施設よりむしろ手術を行う医師の腕は評価の
対象とならないからです。
 一方症例数が少ないと、手術そのものの経験が不足するため術者やスタッ
フの教育研修は問題があると思います。
 
 また、前述の松田会長によれば、基準の「10年以上の経験を有する医師
が常勤している」という表現もあいまいすぎると指摘されています。この表
現は、術者としての経験なのか、助手の経験も含めるのかがはっきりしてい
ません。
 手術の質を担保するためには、各学会が認定し、国が広告することを承認
している専門医制度を活用して施設基準に盛り込むなどの明確な表現が必要
となります。また、加算の条件として、あいまいな「10年以上の経験を有す
る医師」を使いながら、症例数の緩和の条件としては「専門医」を使ってい
ますが、その根拠も理解できません。
 そして複雑な手術は、単なる外科医の標榜ではなくサブスペシャリテイと
しての専門医の養成や認定も進んでおり、これを利用した本当の「専門医」
の必要性を基準に盛り込むことが望しいのではないでしょうか。また救急医
療の場合は、症例数を施設基準から外してほしいことも要望されていました
が、考慮されませんでした。
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● 地域に手術できる施設がない。

 現状で全国の各施設を見渡してみると、加算よりも手術を行ったら30%
の減算になる施設のほうが多いと考えられます。その結果手術が行われない
となれば、この制度によって地方や救急の施設が存続できなくなるとともに、
地方では手術が出来なくなってしまいことにもなり、大きな問題です。
 各都道府県でみても基準を満たす施設のない術式が多数あります。このた
め「実状を無視した実効性のない施策」とか「基準を満たす施設が2次医療
圏に1つもないようなことは,ばかげている」などといわれています。
 朝日新聞の調査では基準を満たす施設は脳動脈瘤手術で約2割、心臓バイ
パス手術で約5割にとどまることが報告されています。2次医療圏の約75%
が基準に達していない現状で,2次医療圏で医療を完結させるという方針と
矛盾する事は、明らかな事実です。
 勿論、専門性の高い複雑な手術が、どこでもで行われることは問題です。
しかし、地域性や医療圏内の完結を無視すれば、困るのは患者さんです。
これらの考慮も必要ではないでしょうか。
 そして「国が基準を設けるのではなく、本来、患者自身が病院や医師を
選択できるようにすべきですし、医療の質の向上、効率的な医療提供の観点
からもこの制度は問題がある」と考えられます。
 また、手術料金を減算することで手術を抑制する政策は廃止すべきであると
考えます。
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○  参考サイト

手術の施設基準見直し 地方の医療を揺るがす
http://club.carenet.co.jp/JM/2004/03/0324_02.asp?SID=

手術料の施設基準は減算から加算へ
http://www.jmapress.net/news.php?no=748

外科医療が直面する問題を議論
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2003dir/n2565dir/n2565_02.htm
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2003dir/n2542dir/n2542_01.htm

手術時間と在院日数との関係に関する研究
http://www.jmari.med.or.jp/index2.php?src=news_work

手術の値段
http://www.urban.ne.jp/home/haruki3/op1.html
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●【WEB】 http://www.docbj.com/kkr/
  ご意見・ご感想等ございましたら、以下のメールアドレスへ
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皆様から寄せられたメールは、出来るだけ紙面でご紹介していきたいと考えて
おりますので、事前の承諾なしにメルマガに掲載させていただく場合がござい
ます事をご了解下さい。匿名などのご希望や、掲載を望まれない場合には、そ
の旨御明記願います。
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【発行】「かかりつけ医通信」発行委員会
 当委員会は、趣旨に賛同した医師による、自発的な会です。
 他の既存の団体や会社に所属しているものではありません。
【編集】
(委員長)長島公之:長島整形外科(栃木県) 整形外科医
      http://www.docbj.com/
(委 員)五十音順
 安藤潔:荒川医院(東京都) 内科医
  http://www2u.biglobe.ne.jp/~andoh/
 外山 学:益田診療所(大阪府) 内科医
  http://www.toyamas.com/masuda/
 本田忠:本田整形外科クリニック(青森県) 整外外科医
  http://www.orth.or.jp/
 牧瀬洋一:牧瀬内科クリニック(鹿児島県) 内科医
  http://clinic.makise.or.jp/
 吉岡春紀:玖珂中央病院(山口県) 内科医
  http://www.urban.ne.jp/home/haruki3/index.html
 吉村研:吉村内科(和歌山県) 内科医
  http://www.nnc.or.jp/~ken
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