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 かかりつけ医通信    第53号   2003年5月9日発行
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    健康・医療のお役立ち情報・・・医療の現場から
 私達は、医療の現場で働く臨床医です。実際の診療やネット上から
 得た健康と医療の役に立つ情報を、市民の皆さんにお届けします。
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われわれ、かかりつけ医通信編集部は、医師として人の命と健康を守る立場から
すべての戦争に反対します。
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▼目次▼
 1) SARS(重症急性呼吸器症候群)について -2-
 2) 日本の病院経営の実態
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1) SARS(重症急性呼吸器症候群)について -2-
○ はじめに

 先月号で御紹介したSARS(重症急性呼吸器症候群)ですが、世界中に飛火し
たものの、各国の必死のSARS対策も功を奏して新規感染者は中国を除けば頭打
ちとなり、既にベトナム(ハノイ)ではは制圧宣言も出されました(1)。し
かし、新規感染者が集中する中国(香港、台湾を含む)では事態はなお深刻で、
5月6日現在、世界保健機関(WHO)の集計では、世界全体では死者が461人を
超え、感染者も6583人となったとのことです。(2)。
 5月の連休を終えた6日現在、懸念されたSARS日本上陸の報告はありません
が(3)、死亡率は14-15%と当初より高いという報告(4)や潜伏期間は10
日或いはそれ以上との指摘(5)があり、いまだ予断を許さぬ状況にあります。
そこで今回もSARSについて、やや専門的にではありますが、怪情報も飛び交う
昨今、「根拠を明示した情報」を取捨選択し、「かかりつけ医通信」なりに整
理整頓してお届けしようと思います。尚、名称ですが、マスコミでは「新型肺
炎」とか「新型肺炎SARS」とと呼んでいますがか、「SARS」と呼ぶことにしま
す。

1)http://www.vietnamembassy.jp/japanese/embassy/embassy.html
2)http://idsc.nih.go.jp/others/urgent/cumm36.html
3)http://www.mhlw.go.jp/topics/2003/03/tp0318-1c.html
4)http://www.who.int/csr/sarsarchive/2003_05_07a/en/
5)http://chealth.canoe.ca/health_news_detail.asp?channel_id=60&news_id=6351

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○SARSとインターネット:

 SARSの登場で一躍、脚光を浴びたコロナウィルスですが、もともと哺乳動物
や鳥類では様々な病気を起こすが、ヒトでは感冒を生じるだけのウィルスとし
て知られていました(6)。
 ヒトに重症肺炎を引き起こすSARSをハノイで最初に認識したWHOのイタリア人
医師、Carlo Urbaniの死がコロナウィルスの新種、SARSウィルスの発見に繋が
りました。即ち3月12日、WHOはUrbani医師の報告を受けて全世界に新型肺炎に
関する最初の警告を発し、3月17日には9ヵ国13カ所の研究施設からなるネット
ワークを組織、3月29日にSARSで倒れたUrbani医師の肺からのサンプルを米国C
DCがサンフランシスコのカリフォルニア大学のJoeDeRisiに送り、4月14日には
新種のコロナウィルスのゲノム(全遺伝情報)を解読、直ちに同じウィルスが
少なくとも違う8箇所の患者で確認され、4月16日には Erasmus大学(ロッテル
ダム)の Albert Osterhausらのチームの培養されたこのウィルスにより動物の
感染が証明され、SARSウィルスと命名されました。(7、8)。
 特定の病原因子が疾患を生じることを証明するにはコッホの原則(9)が今
でも重要で、AIDSの原因としてHIVウィルスが判明するまで2年ほど掛かってい
たことを考えると、1ヶ月ほどで原因ウィルスが判明したことは驚くべきこと
です。これはWHOがネットワークを完成させていたことに加え、研究者同士がイ
ンターネットを活用して迅速に実験結果を交換し合い、それらを元に次の実験
を行った、即ち、地球規模のバーチャル研究所が有効に機能した訳です(10)。
かってエイズ・ウィルス第一発見者の栄誉を巡って、米国立癌研究所のロバー

・ギャロ博士か、フランス国立パスツール研究所のモンタニエ博士が激しい論
争を繰り広げたことを思うと、まさにインターネットは世界を繋ぐ、という思
いがします。

6)http://niah.naro.affrc.go.jp/disease/sars/corona_virus.htm
7)http://idsc.nih.go.jp/others/urgent/WHOup-list.html
8)http://www.anex.med.tokushima-u.ac.jp/topics/zoonoses/zoonoses03-144.html
9)http://tag.ahs.kitasato-u.ac.jp/dic/txt/bac/t0065.htm
10)http://www.nlm.nih.gov/medlineplus/news/fullstory_12602.html
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○SARSとエマージング感染症:

 ここでは山内東大名誉教授による非常に興味深い人獣共通感染症(Zoonoses)
講義(11)から、かかりつけ医通信でポイントを要約して皆さんに御紹介し
ます。
 人類が感染症を制圧しうると錯覚し始めた1980年台後半、エイズに引き
続き登場したエボラ出血熱の衝撃は強烈で、ベストセラー小説ホットゾーンや
映画アウトブレ イクを御存知の方も多いかと思います。この頃からこれまで全
く知られていなかった新しい危険なウィルスが野生動物の輸入で先進国に持ち
込まれる危険性が改めて認識されるようになり、1993年9月、WHOなどの呼
び掛けでInternational Program for Monitoring Emerging Infectious Disea
ses(ProMed)が開催され、emerging diseases(新興感染症)の名前が知られる
ようになりました。このProMedで発展途上国でも利用可能なインターネットが
国際ネットワークの主要ツールとして導入され、今回のSARSでもその威力を発
揮した、と言えます。

 さて、このエマージング感染症ですが、過去40年間に40以上発生してお
り、1967年にはサルの輸入によりドイツで発生したマールブルグ病が、1
993年には米国の異常気象でネズミが大繁殖した為に発生したハンタウィル
ス肺症候群が、1995年にはアフリカの熱帯雨林に踏み込んで発生したエボ
ラ出血熱には、1998年には養豚が盛んになったマレーシアでコウモリから
ブタに感染してニパウィルス病が発生しました。又、1997年には香港で家
畜である鶏やアヒルからトリインフルエンザウィルスがヒトに致死的感染を起
こし、ニワトリやアヒル百数十万羽が殺処分されたことや、1996年に英国
に端を発した狂牛病パニックが2001年、日本にも波及しマスコミを騒がせ
たのは記憶に新しいところです。

 ここで注目されることは、従来のエマージング感染症は濃厚な接触無しにヒ
トの間で拡がることは殆ど無かったのに対し、SARSは患者の咳やくしゃみによ
る飛沫感染で、ヒトの間に拡がっていることです。高度なグローバリゼーショ
ンが進む今、ヒトの間で容易に移る新しいタイプのエマージング感染症が誕生
したとも言えるのです。

11)http://www.anex.med.tokushima-u.ac.jp/topics/index.html
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○SARSの感染経路:

 SARSは世界各地で同時多発性に発生したのではなく、空路で世界各地へ移動
した感染者から各地域内で感染が拡がったのが特徴で、当初、香港のホテルの
同じフロアの複数の宿泊客に感染が広がり、九龍地区のマンション「アモイガ
ーデン」では集団感染が発生したことから空気感染の可能性も懸念され(いま
だ否定はされていませんが)、航空業界は大打撃を受けました。

 しかし現在、SARSウィルスの安定性がこのウィルスの迅速な伝播拡大と関係
がある、と注目されています。即ち、WHO研究ネットワークによれば(12)、
SARSウィルスはかなり堅牢なウィルスで、糞便(尿)中で1〜2日は安定して
おり(通常の便内では6時間程度)、便のpHが高くなる下痢患者では4日ほ
ど安定して存在するとのことです。常温の体外でもウィルス量は2日後に9割
が残存し、活動期の患者さんから分泌物が付着すれば、2日後でも感染性があ
ることになります。中国では病院内での非侵襲的人工呼吸器(NPPV)やネブラ
イザーの使い回しが最初の病院で発覚したとの報告もあり(13)、この認識
の低さが北京のSARS outbreakの原因のひとつだとも言われています。

 このように通常知られているコロナウィルスよりずっと安定して体外で存在
できるSARSウィルスですが、幸い、通常のコロナウィルスと同様の消毒薬で効
果が期待できるとされており、手洗いなどを徹底することが個人でできる重要
な予防法と言えます。

 ここで特記しておきたいのは、SARSを初めて報告した Urbani医師がベトナム
で取った迅速・的確な行動です。診断するや否や患者の行動と接触者を調べ上
げ、患者の病院隔離及び治療する医療従事者に対する防護を適切に行い、疑い
例も徹底的に洗い出し隔離を行ったのです。そしてタイムリーで正確な情報提
供が関係者や政府の間で行われたことが、ベトナムがSARS制圧に成功した要因
とされており、最大の貢献者はUrbani医師と思われております(14)。

12)http://www.who.int/csr/sars/survival_2003_05_04/en/index.html
13)http://www.china-un.ch/eng/46644.html
14)http://idsc.nih.go.jp/others/urgent/DrCarlo.html
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○SARSと子供:

 子供は感染しにくく、例え感染しても重症化しないことが指摘され(15)、
その理由のひとつとして、様々なウィルス感染に暴露される子供では、生じた
抗体がSARSに対しても交叉性に機能している可能性が挙げられています。また、
WHOのKlaus Stohrは「1週目は上気道感染で症状で、2週間目に免疫の過応答が
生じ、20%で重症化を生じる」との新しい見解を述べており、小児ではいま
だ免疫機構が未発達である為に重症化を免れている可能性も挙げられています
(16)。
 一方、症例検討だけで真に抗ウィルス薬が効いているかどうか不明な現在、
この K.Stohrの見解は感染2週目に予防的な治療法がとられるべきなのか否か
など、今後の治療法にも影響を及ぼすと予想されます。

15)http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/HKG183478.htm
16)http://www.newscientist.com/hottopics/sars/
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○SARSとウィルス変異:

 現在、世界各地の研究施設で10種類以上のSARSウィルスのゲノムが解読さ
れていますが、夫々のウィルスは塩基配列が少しずつ異なっており、これはSA
RSがRNAに遺伝情報を持つウィルスである為、自己複製の度に転写ミスを起
こす、即ち、複製の度に変異するからだとされています。因みにエマージング
感染症を引き起こすウィルスの大半がこのタイプに属するとされています(1
1)。

 SARS流行地からは当初より格段に強い感染力を持つ患者が報告され、superi
nfector或いは super spreaderと呼ばれています(17)。また、SARSの診断
基準を満たさないがSARSウィルスに感染している silent carrierの存在も確認
されています(18)。この辺りは殊に予防の観点から非常に重要なポイント
であろうと思われますが、SARSウイルスの変異のし易さに加えて、その発症や
重症化にはより一層の免疫応答の関与が示唆されるなど、いまだ明確な説明は
得られていません。これらの解明には現行の臨床症状による診断から、インフ
ルエンザ同様にウィルスを増幅して検出するPCR法や(19)、更には医療の現
場の私たちでも簡単に出来るような抗体検査の早期開発が望まれます。また、
変異し易いウィルスでは当然、画一的な治療が全ての症例に奏効するとは考え
難く、研究者たちも診断、ワクチンの有効性について問題であると認識してい
るようです(20)。

17)http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/N15283138.htm
18)http://ime.nu/www.kahoku.co.jp/news/2003/05/2003050601000481.htm
19)http://idsc.nih.go.jp/others/urgent/update45-lab.html#may1
20)http://www.newscientist.com/hottopics/sars/article.jsp?id=9999363
7&sub=News%20update
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○SARSとグローバル化:

 “サイエンス”という医学雑誌に、“SARSの経験の教訓として、感染症、特
に呼吸器感染症に対して、ウィルスの拡がりをブロックすることが第一であり、
それは一国だけでできるものではなく、もし流行させてしまえば大国でさえ窮
地に陥るインパクトを持っている”と述べられています(21)。SARSはWHOの
報告でも潜伏期を10日とかんがえるのがベストとしながら、典型的でない症状
や所見のケースもありえ、今後ウィルスを直接証明する検査をすすめることで、
ちがった管理法も今後考えられる(4)と書かれています。日本で最初のSARS
発病者が出た場合、いかなる対応がなされるのか。日本が感染のコントロール
に失敗した時は、国家的に多大なる損失を蒙るであろうことは、隣国をみれば
明らかであり、エイズや狂牛病の轍を踏むことなく、迅速・的確な対応が切望
されます。

21)http://www.sciencemag.org/feature/data/sars/pdfs/se701.pdf
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○我が国の対応 行動計画

 以上SARSの新しい情報をご紹介しましたが、次に地域や医療の現場での我が
国の対応について述べます。連休前のマスコミ報道からの引用(22)ですが、
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 4月25日現在“新型肺炎「重症急性呼吸器症候群」(SARS)の患者発生時
の収容先などを定めた行動計画を作成していない都道府県が4割に上っている
ことが25日、厚生労働省の調べで分かった。同省は未作成の自治体に対し、
月内に計画を作成・公表するよう要請したが、自治体の危機意識の薄さが改め
て浮き彫りになった形だ。行動計画は各自治体が患者発生時を想定し、搬送方
法や治療に当たる病院などをあらかじめ定めておくもの。同省が7日付の通知
で速やかな作成を求めていた。

 未作成の自治体で患者が出た場合、現場で混乱が起きることも懸念され、同
省結核感染症課は「国内で患者が出ていないことも影響しているのだろうが、
自治体はもう少し危機感を持ってほしい」と話している。
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 各都道府県で対応が異なるようですし、対応が出来ていない都道府県もあり
ます。これでは一般の市民は勿論、我々医師もどう対応したらいいのか、また
はしてはいけないのか、情報が錯綜しています。「本県からは発生がないよう
に」と願うばかりが現実なのです。

また行動計画を定めた多くの都道府県も下記のような県民の皆様への「お願い」
しか通達されていません。こんな「お願い」で感染症が防げるとは思えません。
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県民の皆様には、以下のような点にご注意ください。
〇香港、広東省、北京、山西省(中国)、トロント(カナダ)への不要不急の
旅行は延期するようおすすめします。また、シンガポール、ハノイ(ベトナム)
、台湾、内モンゴル自治区、ロンドン(イギリス)及び米国に対する渡航につ
いては十分注意してください。

〇上記の地域を旅行した方で、帰国後10日以内に次のような症状が現れた場
合は、医療機関へ事前に電話相談のうえ早めに受診してください。
・38度以上の急な発熱
・咳、呼吸困難感などの呼吸器症状
上記に加え、頭痛、筋硬直、食欲不振、倦怠感、意識混濁、発疹、下痢等の症
状を伴うものもあります。)

尚、WHOによる「SARSの伝播確認地域」から4月30日にベトナム:ハノイ
が、5月1日には英国:ロンドン及び米国が外れ、この地域の呼称も5月3日、
「SARS最近の地域内伝播が疑われる地域」と改称されました。5月8日現
在、カナダ:トロント、 中国:北京、広東、香港特別行政区、内モンゴル自治
区、山西、天津、台湾、モンゴル:ウランバートル、シンガポール:シンガポー
ル、フィリピン:地域不確定が挙げられております。
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22)http://www.mainichi.co.jp/news/article/200304/26m/075.html

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○どうしたら良いのでしょうか

 では具体的に一般の医療機関でSRSAが疑われる患者さんが来院した時どうす
ればいいのでしょうか?日本医師会は5月6日付けで「疑い例」、(「可能性例」
を含む)が医療機関に来院された場合、およびSARSを疑われずに入院した患者
が入院後にSARSを疑われる状態になった場合の対処方針を明らかにしました。
(23)

それによると、
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2.患者の別室待機等
 疑いのある患者は一般待合室でなく、個室などに誘導して待機させる、ある
いは時間帯をずらす等、一般患者との接触を避ける。疑いのある患者にはマス
クを着用させる。

3.診療上の注意点
 前もってSARSの疑いのある患者を診察する医師はN95マスク(ない場合は外科
用マスク)を着用して診察する。前もって疑われていない患者を診察する医師
は、急な高熱、呼吸器症状を患者が訴えた場合、過去10日間の旅行歴、旅行中、
呼吸器症状が強い患者との接触の有無を詳細に問診する。

4.施行すべき検査
 診察の結果、疑い例であると考えられた場合にはすみやかに胸部レントゲン
撮影、血球検査(CBC)、生化学検査、インフルエンザ等の可能な迅速診断法を
行う。以上の検査を迅速に行えない医療機関においては、保健所に連絡してそ
の指示により医療機関を紹介する。

5.入院の適応決定
 胸部レントゲン写真で陰影が認められなかった場合、疑い例と診断する。疑
い例には、マスク(外科用又は一般用)着用、手洗いの励行等の個人衛生的な
生活に努め、人ごみや公共交通機関の使用をできるだけ避け、回復するまで自
宅にいるよう指導する。また呼吸器症状が悪化すれば直ちに医療機関に連絡し
た上で受診するよう指導して、帰宅させる。
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 とされています。しかし現場では、診察前に「疑い例」「可能性例」を判断
して別室に振り分ける(トリアージ)する事はなかなか困難です。しかもN95マ
スクやN99以上のマスクは品不足で、医療機関でも入手する事は難しい状況にな
っています。また厚労省が「疑い例」に対しても、のどの粘膜や尿など複数の
検体の提供を任意で求めて、コロナウイルス検査を行う方針だと伝えられてい
ますが、レントゲン撮影をはじめ、各種検体の採取から取り扱い、使用した機
器の消毒や器具類の処理などを、診療所で安全に適切に行うことは困難ではな
いでしょうか。
 そしてWHOが、「可能性例」のみならず、「疑い例」の患者に対しても、出来
る限り早期の隔離を勧めている現状においては(24)、診療所で診察及び検査を
行って「疑い例」と「可能性例」を分け、「疑い例」を帰宅させることを標準
とする流れについては、その対応に疑問を感じざるをえないのが正直なところ
です。

 現に、国立感染症研究所 感染症情報センターによる管理例は、現行4訂版と
なっておりますが(25)、4月22日改訂の3訂版より、胸部レントゲン写真に
異常所見が無い場合でも「現時点では本人の経過観察および周囲への感染拡大
予防のため、入院とすることが望ましい。」と入院を第1選択として、その後
に、帰宅させる場合の方法について述べているのです。このままでは東南アジ
アの流行地域と同じく、日本でも医療機関を媒介してSARS患者が拡大する事を
懸念します。

また、SARS患者(可能性例を含む)の診察・処置を行った職員に対しては、
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8. SARS患者(可能性例を含む)の診察・処置を行った職員は接触後10日間、
出勤停止として、自宅待機させる。また待合室で患者の近傍にいた他の外来患
者にも10日間は外出を控えるように指導する。また職員、接触者には10日間毎
日体温を測定し、急に発熱し、呼吸器症状が出た場合、電話で連絡した上で医
療機関を受診するよう指導する。
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となっています。しかし、今年はSARS同様、咳や発熱を主症状とし、胸のレン
トゲン写真で影が出やすいマイコプラズマ感染症が過去4年間の同時期平均の約
2倍あると報告されており(26)、SARS流行地域から帰国された方がマイコプラ
ズマ感染症に罹患された場合、「可能性例」に入る場合も出てきます。マイコ
プラズマ感染症の確定診断にも時間が掛かりますので、その場合は診察した医
師も含めて10日間、医療機関を閉鎖する事にもなりかねません。これでは他の
疾患の患者さんたちや地域医療にも大きな影響を与えます。

流行地域からの帰国者が医療機関を受診する際には、「下記の症状が一つでも
でたら、保健所に相談もしくはかかりつけの医師に受診して下さい。その際は、
感染地域からの帰国であることを告げ、予約をとって下さい。」と、帰国時に
検疫所より周知されていますが(27)、さらにマスメディアなどを通じて事前
の電話連絡や相談の周知を徹底すべきだと私たちは考えます。ベトナムや香港
での流行は、医療機関で媒介された例が多数あり、北京でのSARS患者には医療
関係者が多数を占めていることは教訓とされるべきです。

もしSARSの疑いがあれば、一般診療所での診察自体が難しく、また二次感染防
止の処置もとりにくいのが現実で、やはり保健所に連絡の上、診断・検査態勢
の整った地域の中核的な医療機関の受診を勧めるべきだと思います。そのため
には地域の保健所・医師会・中核病院が連携して一般診療所や疑いの患者さん
からの電話連絡後の受診方法を定めておくことが重要だと思います。地域の診
療所(の医師)には、診療所内での直接の診察や検査でなくとも、その条件や
環境の範囲で安全適切に行える、地域への貢献の方法があるはずと考えます。

その意味では、先日長野県が発表したSARS行動計画(28)には、患者発生前の対
応を明記していることなど注目すべき具体的な指針も含まれています。

流行地域からの帰国者なら判断できますが、SARSが帰国者から国内で感染した
場合は対応は極めて困難になります。「SARSは本当に日本に上陸していないの
か。」という質問に、「していない」と断言できる感染症の専門家はいないと
思います。今回のSARS問題を契機に「日本は感染症にもっと危機意識を持って
ほしい」と考えます。それと同時に、SARSは日本の地域医療連携の重要性を浮
き彫りにしているとも言えます。この機会に、縄張り意識や対抗意識を捨てて、
地域で真に一丸となってSARS対策に取り組むことができれば、「災い転じて福
となす」こともあながち夢ではないかもしれません。

23)http://www.med.or.jp/kansen/sars/sars_taisyo.html
24)http://www.who.int/csr/sarsarchive/2003_05_07a/en/
25)http://idsc.nih.go.jp/others/urgent/mgmt-04.html
26)http://idsc.nih.go.jp/douko/2003d/15douko.html
27)http://www.mhlw.go.jp/topics/2003/03/tp0318-1b26.html
28)http://www.pref.nagano.jp/eisei/hokenyob/sars.htm

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日本の病院の現状と経営の実態
 医療特区構想で、株式会社の病院参入について議論されています。
 今回は日本の病院の現状とその経営実態についてご紹介します。
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○日本の病院の現状

病院とは「20床以上の入院施設を持つ医療機関」と定義されています。診療所
(医院) にも入院施設を持ったものもありますが病床数は「19床未満のもの」と
いうのが医療法による定義です。わが国には、平成15年2月現在、約9,180の病
院と約9万5200の診療所があります。病院は病床の種類別に一般病院・結核療養
所(感染症病棟)・精神病院と区別されますが、一般病院はその中で一般病床と
療養病床等を有する病院に別れています。これらの病院数・病床数は同じく15
年2月の統計では、
病院数・病床数
 一般病院8110施設(1,642,960床)・結核療養所2施設(17,300床)・精神病院10
71施設(355,976床)となっています。病院数・病床数については各都道府県でそ
の地域の必要病床数という病床の規制があり、この10年増えておらず、療養型
病床の増加とともに、一般病床は減少傾向にあります。

 病院の病床数は平成4年(1,686,696床)をピークに毎年減少していますし(△
43,736床)、精神病床も、平成6年には(362,847床)まで増加していましたが、
平成7年から減少しています。(△6,880床)また療養病床等を有する病院は施設
数3,805施設、病床数は166,335床です。療養型病床は一般病床とは異なり、長
期入院が必要な病床として包括化医療費で運営され、主に一般病床からの転換
で設置されていますし、介護保険の介護療養型医療施設もこの中から転換され
ていきますので、今後も少しずつ増加するものと思われますが、一般病床はそ
の分減少します。結核病床や感染症病床は結核非常事態宣言など結核の見直し
がなされているにもかかわらず、国立の結核療養所は減らされているのが現状
です。これら感染症病床は被採算部門として国も縮小化を考えており、危機管
理も薄れて今回のSARS問題でも対応が遅れています。一般診療所の施設数は95,
296施設で有床診療所の病床数は194,738床です。

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/iryosd/m03/is0302.html
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1)病院開設者の実態

 前述のデータより少し古い資料ですが平成12年のまとめでは、わが国の病院
9,266施設の病院開設者(設立主体)の法的形態は、公的病院が約20%、民間病院
が80%です。病床数200床以上の大病院について見ると病院数は2,810施設で全
体の13%ですが、公的病院の割合が39%と高くなります。また病院グループで支
配しているのは病床数は約8千床で、総病床数の1%に満ちません。また支配
病床5,000床以上の病院は2病院だけであり、米国の上場病院と比べると、わが
国のグループ経営体への集中度は極めて低いといえます。

2)医療法人とは
平成12年10月の統計での医療法人病院の出資形態別内訳
 持分の定めのある社団    4,679病院
 持分の定めのない社団     278病院
財  団           401病院
 特定医療法人         299病院
 合  計          5,387病院

 特定医療法人とは「財団または持分の定めのない社団で公益性に関する一定
の条件を満たす場合に非課税措置がとられている。」法人をいいます。

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○非営利性の定義:剰余金の配当禁止

「医療法人」は特別法人で剰余金の配当は禁止されています。

非営利性の意味
 会社とは営利事業を行って、その事業から得た利益を出資者に分配すること
を目的とした社団であり、営利性の本質は「利益の出資者へに分配」に求めら
れます。利益配分の方法は利益配当、残余財産の分配ですが、出資者は持分の
譲渡により譲渡益を得ることもできます。
 逆に、利益をすべて内部留保して永久に分配しない法人が、非営利法人です。

米国では病院を営利(for−profit)と非営利(not-for-profit)を分別していま
すが、非営利病院も最終的に利益が上がらなければ存続できないので、利益を
追求する点では営利病院と何ら異なるところはありません。区分のポイントは
出資者への利益配分を意図しているか否か(forかnot-for)にあるようです。逆
に、出資者の側から見ると、その投資から得られる配当・譲渡益などの利益分
配(profit)を期待しての拠出であるのか、社会貢献を目的とした利益配分は求
めない寄付であるのかの違いとなります。

政府としても非営利病院への寄付を奨励するために寄付にかかる税金は減免し、
非営利病院の利益に対する課税免除の代償として、救命救急・小児医療や予防
啓発活動など必ずしも利益を生まない不採算医療にも注力し、事業を通じて社
会還元を行うことを義務づけています。また、通常非営利病院は多くのボラン
ティア活動によって支えられており、いわば寄付と慈善とボランティアの複合
経営体と理解すれば分かり易いとおもいます。
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○営利企業の参入禁止

自社社員の福利厚生を図る目的以外での会社立病院の新設禁止は、医療法第7条
第5項にある「都道府県知事等は営利を目的として病院を開設しようとする者に
対しては、病院の開設許可を与えないことができる」との規定運用上の解釈と
して定着しています。

1)「会社立病院」は減少の一途
 病院には一般企業が所有している株式会社形態も67施設存在します。新設
が認められていないため閉鎖や医療法人への転換により年々減少しています。
実体上の開設者が企業であっても三井記念病院のように社会福祉法人化したケー
スや住友病院のように財団を設立したケースなどはそれぞれ社会福祉法人、医
療法人財団に含まれているので、実体的に企業が所有する企業立病院数は100施
設を超えています。現存する会社立の67病院のほとんどは社員の福利厚生施設
として発足したものですが、現在ではすべて一般開放されており、地域の中核
病院として機能しているところもたくさんあります。

2)企業立病院のお粗末な経営実態一
恒常的に黒字なのは1病院(麻生飯塚病院)のみ?
「赤字補填が当たり前の自治体病院と同じ構造」(竹本智明氏)
 企業立医療機関(1999年68病院・2806診療所)の経営状況は非公開だが、実
態的に企業立と言える健康保険組合立病院・診療所(1999年18病院469診療所)
の赤字総額は毎年200億円余(1999年度218億円)→企業立病院・診療所の赤字
総額は800〜1000億円?と言われておりほとんどの企業立病院の経営も赤字経営
だと思われます。一部福岡県飯塚市にある麻生飯塚病院、野田市にあるキッコー
マン記念病院など地域の中核病院として市民病院としての役割を立派に果たし
ながら黒字経営を実現しているケースもあります。ことに株式会社・麻生飯塚
病院は積極経営で1,157病床を擁するわが国最大級の規模に成長、医療の質の面
でも日本医療機能評価機構や環境マネジメントシステムISO14001をいち早く取
得し、医師の年報契約制を最初に採用するなど先進的であって、経営的にも安
定しています。
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●他国の事情
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1)アメリカの営利・非営利民間病院
 米国の病院は教会や慈善団体などによって設立された非営利の民間病院が70
%と多く、公立病院は病院数で約18%(病床数では33%)、営利病院は12%を
占めるに過ぎません。

 米国に営利病院が出現したのは1960年代です。80年代には買収やチェーン化
を推し進め大きくシェアを伸ばしましたが、その後は非営利病院の反撃に遭っ
て若干ながら減少傾向にあるようです。米国の営利病院の大部分は株式会社で、
株式を上場している病院も多く、近年再編・合併が一段と進んだ結果、大手の
マルチ・ホスピタル・チェーン5社で営利病院総収入の9割を占める寡占状態
となっています。

 欧州各国に存在する営利病院は個人経営に近い小規模な病院がほとんどであ
るのに対し、米国の営利病院は投資家から資金を集めて多数の病院やその関連
事業に投資を行う大規模プロジェクトに成長している点に際立った特長があり
ます。

 非営利民間病院は主として寄付によって成り立っている財団(ファンデーシ
ョン)で、所有者の持分は存在しません。非営利病院はもともと教会などの慈
善事業の一環として発達してきた歴史的な経緯もあり、税金を支払って社会に
貢献する代わりに無保険者などへの慈善医療を行うことによって社会貢献を果
たすことを前提条件として法人税・固定資産税の免税措置を受けています。さ
らに、病院債を発行して資金調達を行った場合には、その債券の購入者が受取
る利子についても免税扱いとされている。もっとも、営利病院も一定割合の慈
善医療を分担しており、非営利と営利との、実質的な差異は非営利病院の利益
には税金が課せられない点に絞られるとの見方が一般的です。
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2)ヨーロッパの実状
 国公立病院が主流の欧州主要国欧州主要国では国公立病院が過半を占めてお
り、しかも民間病院は規模的にみても50床内外の個人経営に近い小型病院が多
い。ヨーロッパの医療・病院改革では、企業の病院経営参入はまったく問題に
なっていません。

3)英国
 1940年代からNHS制度の下で全病院が国営化され、医療はすべて税金で賄
われて患者負担はない全面的な社会保障としての医療が行われてきました。し
かしながら、NHS制度は慢性病についての手術待ち日数の長期化など多くの
問題を抱えるに至り、その解決策の一つとして1990年代に入って民間営利病院
の開設と民間医療保険をも推奨する政策に転換されました。さらにNHS病院
に勤務する医師がNHSに基づく診療のほかに自由診療を行って収入を得るこ
とも一部認められるようになりました。その結果、民間医療保険への加入者は
全人口の14%(1996年現在)にまで増加し、民間病院の病床数シェアも4%にま
で高まりました。営利病院チェーンの中には株式上場により資金調達を行って
いるところも数社あり、米国からの営利病院の進出も見られるようです。
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○株式会社の病院参入について

参入論の背景
1)わが国の大企業・経済官庁が、経済不況からの脱出口の一つとして、医療・
 福祉分野を21世紀の成長市場とみなして、それへの参入を渇望しています。
2)経済・企業活動の国際化・グローバル化とアメリカ経済の一人勝ちにより、
 アメリカ流の市場原理が経済分野で「世界標準」とみなされるようになり、
 この流れが医療・福祉分野にも波及してきました。
3)1996年の厚生省の二大スキャンダル(薬害エイズ事件での証拠隠し&岡光
 ・綾グループ事件)により、技官とキャリア事務官の両方が大打撃を受け、厚
 生省の(それまでは一人勝ち)政策立案・実施能力が大幅に弱体化しました。
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 企業による病院経営を解禁して、医療機関経営の近代化・効率化を促進する
ことにより、医療費を抑制するというシナリオは、アメリカの現実によって否
定されています。営利企業の参入により医療費が増大するためです。

遠藤久夫氏はアメリカの営利病院には以下の四つの特徴があることを確認して
います。
1)営利病院のコスト効率が優れているという明白な事実は確認されない、
2)営利病院はマーケッティング戦略に優れる、
3)営利病院と非営利病院の医療の質に差があるという事実は確認されない、
4)営利病院の方が支払い能力の 不足した患者対するスキミングがみられる。

全米を対象にした地域単位での検討も行われ、
1)営利病院が多い地域では非営利病院の多い地域に比べて、一人当たり医療費
の絶対水準も、増加率も高い。
2)企業による病院経営は、アメリカでのみ例外的に認められているにすぎない。

現在の病院の利益率の低さを考えると、参入する企業はごく一部にとどまると
予測されます。1999年の私的一般病院の平均医業利益率は3.1%にすぎないから
です。(中医協「医療経済実態調査」)。

企業立病院の優等生である麻生飯塚病院を経営する麻生泰氏(麻生セメント社
長)も次のように述べています。「たとえ(企業の病院経営が解禁されたとし
ても、医療分野に営利企業はそれほど参入してこない。労働集約型産業で人件
率が5割にも達するという費用構造、そして利益率が3%や5%などという産業は、
利益追求という側面だけで言えば、あまりにもリスキーです。」

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参考文献
1)遠藤久夫「営利法人の病院経営のパフォーマンスに関する一考察」
『医療経済研究』3号、1996年。
2)Silverman EM,et al:The association between for-profit hospital
ownership and increased Medicare spending. New England journal of
Medicine 341:420-426,1999
3)麻生泰・紀伊国献三「民間企業から見た病院経営のあり方」
『Phase 3』2000年9月号。
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1)米政府の「外圧」:規制緩和・改革要望書に医療市場開放(「日経」’01年
 10月16日)。最近の米国の景気回復により、この圧力は当分は和らぐ。
 参入を認めても退出制限、と利益の配当制限(67頁)。
2)病院経営のノウハウと資金の両方を持つ大手企業はセコムだけで、「二番
 手」がいない。(企業病院の内2施設は経営悪化)
 セコムも最近は有力医療機関との業務提携重視に方向転換?(資金提供者
 へー医師のコントロールは困難)(『日経ヘルスケア21』昨年2月号)
3)解禁されても参入する企業の主力は巨大な資本力を持つ大企業ではなく、医
 療周辺ビジネスを手がける新興企業(ニチイ・コムスン)(『日経ヘルス
 ケア21』本年3月号)。
 →将来的にも、大企業による病院支配は生じない。
4)「企業=営利目的=悪 vs 既存の病院・診療所=非営利=善」という単純な図
 式では、国民の支持と理解は得られない。
 医療法人制度の改革(制度改革&自己改革)が不可欠。
 情報公開&非営利性・公益性の強化:持ち分放棄〜出資限度額法人化。
 わが国の医療法人は、欧米流の非営利組織ではなく、「中間法人」。
5)「病院が株式会社化すれば資金調達が容易になる」は詭弁(田中滋氏『日経
 ヘルスケア 21』本年1月号。真野俊樹氏『社会保険旬報』本年4月1日号)