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 かかりつけ医通信    第48号   2003年2月5日発行
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    健康・医療のお役立ち情報・・・医療の現場から
 私達は、医療の現場で働く臨床医です。実際の診療やネット上から
 得た健康と医療の役に立つ情報を、市民の皆さんにお届けします。
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▼目次▼
 1.誰でも勝手に酸素吸入して大丈夫なのでしょうか
  「酸素バー」なるものが流行しています。
 2.イギリスの医療制度   
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1.誰でも勝手に酸素吸入して大丈夫なのでしょうか
  「酸素バー」なるものが流行しています。

○はじめに:

最近、テレビ番組などで疲労回復などのために健常者が酸素を吸う方法が紹介
されています。空気中の酸素の濃度を高める器械や酸素発生器が使われている
ようです。医療用の酸素ボンベや液体酸素は規制がなされておりますが、業者
で使われている器械は使用者に法的規制ができておりません。
あらゆる人に酸素を使ってなんの問題もないのでしょうか。
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○酸素療法本来の目的:

心臓や肺に障害をもつ方々や群発頭痛の治療に一部、吸入空気中の酸素濃度を
高めることが医療機関ではごく普通の治療法として行われおります。
呼吸するのに使われるエネルギーを減らしたり、心臓の負担を軽くしてあげる
ために使われるものです。ご承知の通り人間の体にとって酸素は不可欠なもの
です。
息を吸うことで大気中の空気を肺に取り込んで、肺の中の一番奥である、空気
の最終的到達点である肺胞と呼ばれる空気がたまる場所に到達します。
肺胞にある空気と、全身から運ばれた静脈血が網目状の毛細血管と混ざります。
体内で酸素が使われ少なくなり、炭酸ガスが発生して多くなった静脈血である
血液拡散と呼ばれる仕組みで、酸素がガス中から血液に、また炭酸ガスが血液
中からガス中へ移動してガス交換が行われます。
酸素は大気中に21%程度含まれています。大気中の酸素の比率を人工的に酸素
を付加することで肺胞の酸素の濃度を増加させることで、より多くの酸素を体
内に取り込ませようとする治療法が用いられているのです。
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○酸素濃度が正常な人酸素吸入は本当に有効なのでしょうか

動脈中の酸素は主に、ヘモグロビンと呼ばれる蛋白と結合して存在する酸素と
血漿中に解けている酸素という2つの形で存在します。

健康なヒトの血液中の酸素の含まれる量(酸素含量)を計算してみます。
・ヘモグロビンと結合する酸素の量=1.34×ヘモグロビン濃度×酸素飽和度
・血漿中含まれる酸素の量=0.003×酸素分圧

通常Hb15g/dl、酸素分圧100mm水銀柱(Torr.)、酸素飽和度96%とす
ると、このヒトの血液中の酸素の含まれる量は19.3g/dlとなります。

吸入する酸素の濃度を増すと、酸素飽和度が増加し、血漿中に含まれる酸素の
量が増加することが期待できます。特に心臓や肺などが悪く動脈中の酸素飽和
度が低い低酸素血症のヒトは酸素飽和度が低いため酸素を外部から投与したと
きに酸素含量がずいぶん多くなります。これが低酸素血症患者さんへの酸素療
法の仕組みです。

しかし、通常の人間は大気の酸素程度ですでにヘモグロビンと酸素はほとんど
結合しており、低流量の酸素投与では、せいぜい1〜2%しか増加致しません。
また血漿中に含まれる酸素が21%から40%に増加したとしても、0.003
g/dl程度しか増えませんのでほとんど無視できる量です。

健常者に酸素療法を勧めている業者は後述する高濃度酸素療法の副作用が怖い
ため低濃度の酸素しか利用者に勧めないはずです。仮に勧めたとしたら、前述
の高濃度酸素療法の害を無視した加害行為です。
それで、せいぜい40%程度の吸入酸素と仮定致します。この程度の低濃度の
酸素で効果が期待できるのは酸素含量は1−2%の増加があるかどうかです。
もともと低酸素の人はヘモグロビンと酸素が充分に結合していない酸素飽和度
の低い人なので有効で、そのために心臓や肺に障害のある方々の治療法として
は効果的です。しかし、本来健常な方が酸素を吸っても全身へ運ばれる酸素の
量の増加は極わずかなのです。
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○鼻カニューラ法は酸素濃度の調整は困難:

酸素を吸う方法には
1)低流量酸素療法
2)高流量非再呼吸法
3)高流量再呼吸法
があります。
酸素の投与量を厳格に測定しながら投与する方法は、2)のベンチュリー法と
呼ばれる方法を用いて行いますが、酸素量がかなり多く病院以外では現実的に
は使用不能です。
通常用いられるのは鼻にチューブをかけて行う鼻カニューラです。
鼻カニューラはかなり少ない量で肺の奥に到達する酸素の量を保つことができ
ます。この問題点は酸素の吸入濃度を一定にすることがかなりむずかしいので
す。ですから医療の現場では動脈から実際に血液を採って評価しながら酸素投
与量を決定しています。
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○高濃度酸素の問題点:

酸素濃度が高いと
1)吸入の酸素濃度が50%を越えると健常な肺でも肺障害を生じます。これ
はフリー・ラジカルがその機序と考えられます。
2)換気能に問題があると動脈中の炭酸ガスが高くなり、時には意識障害を生
じます。炭酸ガスナルコーシスなどと呼ばれています。
3)一部換気のわるい肺の部分があると窒素の量が多くなり、そこの部分の肺
が小さくなり、逆に動脈中の酸素が少なくなります。

動脈中の酸素が正常なヒトに長期的・習慣性に酸素投与をしたときの有害作用
は不明なことが多いのです。
健康情報に敏感な方々はフリー・ラジカルという言葉に敏感なのにかかわらず
あえてフリー・ラジカル暴露の危険性を選ぶというのは皮肉なことと思えます。
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○QuackWatch:

Quackery(いかさま療法)というのがあります。
確定的でない健康に関する知識や明らかに誤っている似非医学知識を披露して、
時にはその人自身もその知識を盲信してしまい、無益あるいは有害でさえある
治療法を喧伝されているのをよく見聞きします。最近は科学番組風なテレビ
番組でも見られるようになっています。
問題になりそうなQuackeryはかなりの部分が実は輸入品です。Quackwatch
というサイトをみると、マイナスイオンなどを含め多くのおなじみのQuackery
関連記事を見いだすことができます。

“酸素バー”(oxygen bar)はファッションとして米国でも流行しているらし
く、FDA(http://www.fda.gov/fdac/features/2002/602_air.html
でも注意を促しております。
一部引用すると
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 ・長期酸素投与が必要な患者さんたちがいるが、それ以外の人には不要
 ・酸素投与にて呼吸抑制を生じる人たちがいる
 ・芳香剤を添加しているところがあり、肺への炎症(リポイド肺炎)やアレ
  ルゲンとして作用する可能性
 ・たばこの火からの引火
 ・酸素ボンベの取り扱いの難しさ
 ・スポーツでの使用も偽薬効果で、空気の吸入と効果に違いはない
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など多くの問題が指摘され、効果が懐疑的であることが見てとれます。

高濃度の酸素を投与しても体内に蓄積することはできません。仕事帰りに疲れ
をとるために酸素を吸ったとしてもそのときしか肺内の酸素を高めることがで
きません。たとえば15分すったとしても酸素療法を終了した次の一呼吸では
もう酸素は高めることはできません。
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○酸素濃縮装置:

酸素を好きなときに取り出す装置は、1)液化酸素、2)圧縮ボンベ、3)酸
素濃縮装置の3つが一般的です。他に化学的反応を利用した酸素発生器があり
ますが、酸素濃度の調整コントロールが難しく、一定でないため医療機関では
滅多に使われません。
1)2)の酸素は人体に使用する場合、日本薬局方にさだめられている酸素を
利用しますので、だれでも、人体に使用することはできません。
酸素濃縮装置は日本で開発が先行している機器です。これは特殊な吸着装置や
膜を利用して酸素を集め、慢性的に動脈中の酸素が低い方のために開発された
器械です。日本ではこれを利用して在宅で酸素を利用している方が多いのです。
この器械は当初の取り扱いが簡単なため、家庭用の電源があれば簡単に自宅で
も酸素を吸うことができます。しかしながら、大気中の空気を取り込むために
フィルターにゴミが付着しやすく、また、酸素のチューブなども定期的に交換
したり、乾燥した気体のため粘膜を損傷するのを防ぐため気泡を通すなどの管
理をしながら使用する器械です。管理上の知識が少ない者が安直に使用するこ
とで、アレルギー性疾患や呼吸器疾患の引き金になる可能性も有ります。
化学的反応を利用した酸素発生パウダーなどに使用されている過酸化水素は喘
息などの気道過敏性のある方には危険性があります。
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○まとめ:

在宅で酸素を利用するために作られた器械がQuackeryに利用されているのは
医療従事者として悲しいと思います。
シャピロさんの書かれた呼吸療法士の教科書には、「酸素というのは薬剤であ
り、重篤な患者さんには有効な薬剤であることはよく知られているが、不幸な
ことにその副作用についてはあまり知られていない」とかかれています。
酸素という薬剤を人体に使用する場合にも慎重な取り扱いが必要です。
単なるファッションとして酸素という薬剤を健康ドリンクのように利用するこ
とが、無駄で危険を含むものかをご理解頂きたいと思います。

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2) イギリスの医療制度
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かかりつけ医通信37号でアメリカの医療を特集し、特に医療費については、
日本では想像できないほどの高額医療費であることをご紹介しました。
もし日本でアメリカ並みの医療サービスを期待するならば、今の数倍の負担も
必要であることもおわかりになったと思います。
今回はアメリカに続いて、イギリスの医療制度についてご紹介したいと思いま
す。イギリスは先進国の中アメリカとは逆に医療費/国内総生産率が7%以下と、
OECD(経済協力開発機構)主要国の中で最も低い(日本よりも低い)医療費
で運営されています。
イギリスの医療制度は、国民保健サービス(NHS)と呼ばれる医療費無料の国
営で、「ゆりかごから墓場まで」に象徴される高度福祉国家づくりを目指した
労働党政権が1948年に創設しました。日本など多くの先進国が社会保険を活
用して医療保障を制度化しているのと異なり、税金を主財源として運営してい
ます。
低医療費の福祉国家の見本とまでされたイギリスも内情は別で、多くの問題を
抱えているようです。
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イギリスの医療事情もアメリカと同じくインターネットでの体験談を捜してみ
ました。
少し長くなり