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 かかりつけ医通信    第44号   2002年11月21日発行
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    健康・医療のお役立ち情報・・・医療の現場から
 私達は、医療の現場で働く臨床医です。実際の診療やネット上から
 得た健康と医療の役に立つ情報を、市民の皆さんにお届けします。
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▼目次▼
1) 創傷ケアの「常識の嘘」 
  山形市立病院済生館 形成外科 夏井 睦先生の
  『新しい創傷治療「消毒とガーゼ」の撲滅を目指して』から -2-

2) 診療報酬制度の不思議
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1) 創傷ケアの「常識の嘘」

 前回は少し衝撃的な「注射の前のアルコール消毒は必要か?」という
タイトルで 山形市立病院済生館 形成外科 夏井 睦先生の
『新しい創傷治療 「消毒とガーゼ」の撲滅を目指して』というページを
ご紹介しました。
http://www.asahi-net.or.jp/~kr2m-nti/wound/

 今回は続版と言うことで夏井先生の許可を得て『新しい創傷治療』から
創傷ケアの「常識の嘘」と閉鎖療法の説明をご紹介します。
 そのほかたくさんの情報が満載されていますので、詳しくは、上記の
ホームページをご覧になって下さい。
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○ 創傷ケアの「常識の嘘」
http://www.asahi-net.or.jp/~kr2m-nti/wound/title_kiso.htm

下記に述べることは正しいことだろうか? 正しい項目に○をつけて欲しい。

1.傷(裂傷,挫傷,縫合創,熱傷,褥瘡など・・・)は必ず消毒する。消毒し
 なければいけない。
2.傷は消毒しないと化膿する。傷が化膿しないように消毒している。
3.傷が化膿したので消毒する。
4.傷にはガーゼをあてる。
5.傷は濡らしてはいけない。縫った傷は濡らしてはいけない。
6.痂皮(カサブタ)は傷が治るときにできる。痂皮ができたら傷が治る。
 恐らく,現役の医者・看護婦のほとんどのこれらに丸を付けるのではないだ
 ろうか?
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 実はこの全てが間違っている。この通りにすると,傷の治癒は遅れるばかりだ。
つまり,大部分の医療従事者は間違った知識を持っている。
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正しい知識は次のようになる。

1.傷は消毒してはいけない。消毒は,傷の治癒を遅ら妨害しているだけの無意味
 で愚かな行為である。。
2.消毒しても傷の化膿は防げない。傷の化膿は別のメカニズムで起こっている。
3.化膿した傷を消毒しても,治療効果は全くなく無意味である。
4.傷(特に皮膚欠損創)にガーゼをあてるのは,創治癒を遅らせる行為である。
5.傷はどんどん洗ったほうが良い。傷の化膿の予防のためにも,治癒を促進させ
 るためにも最も効果がある。縫合した傷も洗ってよい。
6.痂皮は傷が治らないときにできる。痂皮は創治癒がストップしているからでき
 ている。痂皮は創治癒の大敵である。

 以下,このような「常識の嘘」を糾弾し,正しい創傷ケアに関する知識を解説
してゆく。上記の「常識の嘘」のどこが間違っているかが理解できれば,もうあな
たは創傷治癒のエキスパートといえるだろう。

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○ 閉鎖療法の説明 −人力車と自動車−
http://www.asahi-net.or.jp/~kr2m-nti/wound/title_heisa.htm

 「傷は乾かさない,消毒はしなくていい(しない方がいい)と,医者(あるい
は目上の看護師)に説明しても全く相手にしてもらえず,理解して貰えません。
何かいい方法がありますか?」という相談もよく受ける。同じような悩みを抱え
る看護師,医師も多いと思うので,ちょっとアドバイス。

 こういう新しい知識を説明する時に「こっちの方が科学的(医学的)に正しい
から」とか「新しい理論だから」と始めるのは一番まずいやり方だ。それまでの
やり方を変えようと言う時に,「あんたのやり方は間違っているから,正しい方
法にしましょう」と言われれば,だれだってカチンと来るし,人によっては意固
地になるだけだろう。つまり,正しさを全面に出すのは戦略的にまずいやり方だ。

 しかもまずい事に(?),傷は消毒してガーゼをあてていても(いつかは)治
ってしまう。つまり「消毒してガーゼ」の医師や看護師にその方法は間違ってい
ると言っても「今までこの方法で治ってきたし,何の不都合もない。何で今更変
える必要があるのだ」と反論されるのが関の山だ。
 こういう考えを論破するのはかなり大変だろう。

 これはちょうど,人力車しか知らない明治初期の人間に,車が便利だから人力
車から車に替えましょう,といっているようなものだ。人力車しか知らない人に
人力車よりいい方法があると説明したって,わかってもらえるだろうか?

 恐らく彼は言うだろう,「人力車は駕籠より便利で速いし,もちろん歩くより
も速くて疲れない。こんな便利なものがあるか。それが不便な乗り物だなんて
信じられない。お前は嘘を言っている」と・・・。

 つまり,人力車しか知らなければ人力車で十分便利だし,不満に思う事もない
だろう。不満がないのに別のものに替える必要はない。

 だがしかし,これはあくまでも人力車しか知らない時だけだ。こういう人間に
車が走っているところを見せ,実際に乗せたらどうだろうか。多分,人力車の方
が便利だとは二度と言わないし,人力車の方がいいとは言わないだろう。

 こういう風に喩えては失礼かもしれないが,「消毒してガーゼをあてて現実に
傷が治っているのだから,それでいいではないか」と考えている医師・看護師は
要するに,人力車しか知らない明治初期の日本人と同じなのである(ううむ,
我ながら失礼な喩えである)。人力車(=消毒とガーゼ)しか知らないから,
あるいは他にもっと速い乗り物がある事は知らないから,人力車で十分に満足
しているだけなのである。比較対照がなければ,人はそれに満足したままだ。

 つまり,人力車しか知らない人にいきなり「人力車は遅いし不便だし,自動
車が普及すれば忘れられる存在です。だから人力車を止めましょう」と説得し
ても無駄である。

 ましてや,人力車時代の人にいきなり,車の構造を説明したり,エンジンの
構造を説明しても理解してもらえないのは当たり前だ。要するにこれが「創傷
治癒のメカニズム」とか「消毒薬の組織傷害性」を論拠に「人力車医者」を説
得するのに相当する。当然,説明するだけ無駄である。
 人力車医者に車(=閉鎖療法)の威力をわかってもらうには,車の構造でな
く,実際の走るスピードを見せつけるしかない。そうやって世の中には人力車
より速い乗り物があり,スピード以外の点でももっと便利だと理解してもらえ
るはずだ。
 車の構造を説明するのはその後でいいのだ。

 新しい治療法の有用性を理解して貰うには,具体的な治療法のメリット,効果
を見せるしかない。理論的背景はその次でいい。とにかく具体的な成果を提示す
ることだ。遠回りのようで実はこれが一番近道だ。

 全てそうだと思うが,物事は正しいから普及するわけではない。便利であり,
メリットがあるから普及するのだ。理論的な説明が十分でなくても,実際の生活
に役立つのであればそれは必ず普及する。逆に,いくら正しい理論に基づいてい
ても,それが実際上のメリットを有しなければ普及させる事は難しい。


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2) 診療報酬制度の不思議

「同じような診療を受けて、全く同じ薬をもらったのに、あそこは安くてここ
は高い(医療機関によって値段が違う)。」これまで、このような経験でとま
どわれたことはないでしょうか?

【かかりつけ医通信】第42号(2002年10月24日発行)「マスコミよ、しっ
かりして」では、一定の手術件数に満たない施設に対する手術料の減算が問題
となりましたが、同じ診療行為や処方を受けても、医療機関によって値段が違
う制度自体は、これまでにもありました。それぞれの医療機関の判断で、どち
らを算定するか選択できるものと、診療所と病院などで分けられ、各施設の自
由にはならないものがありますが、いずれにせよ、在宅医療や包括払い(定額、
いわゆるまるめ)制度、医薬分業の推進など、何らかの政策的な誘導を目的と
したものが多く存在しました。

すなわち、医療政策的に誘導したい方向へ、診療報酬を重点的に配分する(要
するに配点を高くする)しくみです。点数をより高く設定することで、それを
採用した医療機関の収入が増えることになりますから、医療機関側にとっては、
診療報酬が高く設定された診療行為へは積極的に取り組む動機になり、又、安
い方への取り組みは消極的もしくは縮小傾向になることがありえます。このよ
うに、医療機関に対する経済的インセンティブによって、目的の誘導を果たそ
うとするわけです。

ところが、今のような情報公開の時代となって、経済的誘導に矛盾が生じ、な
かなか意図通りに運ばなくなりました。診療報酬を高く設定した場合、患者さ
んの自己負担も増えますから(厳密に言えば、定率負担で、さらに、高額療養
費に達しない場合ですが)、サービスを受ける側の患者さんにとっては、安い
方、すなわち、診療報酬を設定した側が期待していない方向を選ぶということ
が当然あり得ます。つまり、意図とは逆行した受療行動が起きることになりま
す。
(もっとも今回の手術料のように極めて高額な場合は、高額療養費により、自
己負担が一定額で頭打ちとなるため、患者さんの負担は、減算がある病院でも
ない病院でも変わらないものと思われます)

現在の診療報酬制度は、もはや多くのところで指摘されているように、つぎは
ぎだらけの、ものすごく複雑なものになってしまっています。中には、医療費
調整(削減)の帳尻あわせのためとしか思えない、理屈でも感覚でも説明不能
な計算方法もあります。処方される薬の数が減ったのに、窓口での支払いは、
かわらないばかりかかえって高くなるケースなど、これまでにもさまざまな矛
盾が指摘されてきました。そしてついに、この4月の改定では、慢性疾患で同
じ医療機関で同じ診療を受けても、毎回のように値段が異なる(正確には月に
4回変わる)ことが多くなってしまったのです。この10月に廃止された、
70歳以上の高齢者の慢性疾患における外来通院での包括(定額)制のように、
制度や計算方法が突然変えられてしまったり、できたりなくなったり、という
ことも珍しくなく、現場を混乱させてきました。

さらに、その複雑な制度の説明を、本来誰がすべきかということも、あいまい
にされてきました。かつて、薬剤の一部負担制度が導入された時、病院によっ
ては、その説明のために専用カウンターを作って人員を割いて対応したところ
もありました。一種の公定価格自体の説明を、現場が全てしなければならない、
というのは、やはりおかしいのではないでしょうか。

このような矛盾や問題を内包したまま、社会の情報開示の流れに沿って、明細
付きの領収書が一般化しレセプト開示も行われるようになったことで、かえっ
て、医療や医療機関に対する不信感を増してしまっているように感じらるのは、
とても皮肉で悲しいことです。実際、医療機関によって値段が変わったり、同
じ医療機関でも前回と異なったり、ある日を境に、自己負担額が大きく異なっ
ていることで、医療機関が計算違いや不正行為をしているのではないか、とい
う疑いを患者さんに持たれた話は、良く耳にするところです。又、指導料や判
断料の設定やその点数などで、一般的な感覚に馴染まず、説明しにくい、理解
されにくいものも少なくありません。さらに、あまりに複雑な体系のため完全
に把握しきれず、医療機関が請求するときに迷うこともあります。そのように
して生じた、請求上の不具合を全て、「儲け目的の意図的な不正請求」のよう
に報道されることも、私達を悩ませています。実際には、請求できることを請
求できていない「請求漏れ」もかなりあるのに、です。

結局のところ、現在の診療報酬制度は、これからの時代に不可欠な重要なポイン
ト、「透明性」と「アカウンタビリティー(説明責任)」に対応できていないの
です。「基本設計が古い」と言わざるを得ません。これからは、透明性が高く、
説明責任の分担が明確で、感覚と大きく乖離していない説明可能なシステムを作
っていくことが、強く求められています。このような新しい仕組みを、サービス
提供側と利用者の合意の上で作っていくために、いわば診療報酬体系のメジャー
バージョンアップのために、何をすべきか、何から始めるべきか、是非いっしょ
に考えたいものです。

最後に。私達現場の医療関係者は、これまで述べたような、複雑で計算が煩雑、
その上説明困難でしかも度々大きく変わり、それでも自分たちで説明しなければ
ならない、その挙げ句に医療不信の種にすらなっている、まさに踏んだり蹴った
りの現行の診療報酬制度に振り回されることに、疲れ果てているのが正直なとこ
ろです。

「特区」の手法を医療にも持ち込むことで、医療と経済を活性化させようという
もくろみが議論になっておりますが、そのような表面的で不自然なしくみの導入
以外にも、活性化の方法はあります。全国の医療現場には、アイディアも元気も
埋まっています。ただ、それが、制度によって無駄に消耗されて意欲も削がれて
いるのが現実なのです。診療報酬制度をモデルチェンジすることは、医療の活性
化にも、確実につながるものと信じます。

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