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 かかりつけ医通信    第41号   2002年10月9日発行
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    健康・医療のお役立ち情報・・・医療の現場から
 私達は、医療の現場で働く臨床医です。実際の診療やネット上から
 得た健康と医療の役に立つ情報を、市民の皆さんにお届けします。
 10月から発行委員に若手の牧瀬・外山医師が加わりました。
 どうぞ宜しくお願いします。
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▼目次▼
1) ホスピス・緩和ケア病棟について
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○ホスピス・緩和ケア病棟について

皆さんも「ホスピスとか緩和ケア」という言葉を聞かれたことがあると思い
ます。緩和ケアとは「治療ができない終末期の患者や家族のため、最期の日
を迎えるまで人間らしく生きるためのケアを行う事で、がん患者の痛みや不
快感を軽減したり、死を前にした心の不安を取り除いたりすること」と言わ
れています。

緩和ケアの目的は、WHOの定義では下記のように定義されています。
「患者と家族の可能な限り最良のQOLの達成である。緩和ケアは生命を肯定し、
死を自然の過程と捉え、死を早めることも引き伸ばすこともしない。疼痛や
その他の不快な症状を緩和し、精神的ケアやスピリチュアルなケアを内包す
る。死が訪れるまで、可能な限り積極的に生きられるようにサポートを提供
し、家族に対しても患者の闘病期間中から、また患者との死別後も悲歎を乗
り越えられるようにサポートを提供する。(緩和ケアは)末期だけでなく、
もっと早い病期の患者に対してもがん治療と同時に適用できる点がある。 」

一方ホスピスの語源はラテン語のhospesに由来するとされています。
 hospes=(賓)客/あるじ(主人)役/見知らぬ人
 hospitium=客を厚遇すること、丁重なこと/接待、饗応/宿、宿舎
これよりホスピスとは「見知らぬ人を手厚くもてなすこと」 と解釈されます。
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○日本における現代ホスピスの設立

現代ホスピスを形成したのは、医療面からはシシリー・ソーンダースとされ
ています。人が死に臨むとき、痛みなどの苦しい症状を抑えてもらい、自分
らしく生き、安心して最後の日々を過ごし、そして人間らしくこころ安らか
に旅立ちたいと願います。1967年にシシリー・ソーンダースがセント・クリ
ストファーホスピスをロンドンにつくり、死にゆく人のための現代ホスピス
が開始されました。
 一方、精神面からホスピスの概念を発展させたのが、マザー・テレサです。
彼女は、インドのカルカッタに「死を待つ人の家」を造り、路上で悲惨な状
況で死亡する人に暖かいベッドを提供し、優しい人間的な看取りをしました。
 
我が国における現代ホスピスの設立は、1981年、浜松市の聖隷三方原病院に
院内独立型の施設として誕生したことに始まります。次いで大阪の淀川キリ
スト教病院に院内病棟型ホスピスが設立されました。それまでの病院医療で
は比較的軽視されてきた、「その人らしい死」を迎えるための緩和ケアを主
軸に据えたホスピスは、徐々に医療現場に定着していったようです。
医療保険の面での制度化は遅れ、厚生省は1990年4月「緩和ケア病棟入院料」
を設け、やっと国が経済的にも援助してゆくことになりました。

その後「緩和ケア病棟」は増えつづけ、平成14年10月現在全国で108施設
(2,042床)となり、はじめて2000床を超えました。設置地域もほぼ全国に
わたり、岩手、山梨、奈良、鳥取、島根の5県を除く42都道府県にホスピス・
緩和ケア病棟が置かれています。

しかしアメリカには約2000施設以上あるのに対して日本では108施設ですか
ら、普及は遅れています。また、欧米では近年在宅型ホスピスサービスが主
流であるのに対して、日本では入院型ホスピスが多く、今後、在宅ケア、デイ
ケアの必要性および、医療体制の改善が問われるようになると思われます。
ただし設置を急ぐあまり、ケアの内容の伴わない施設が増えては困りますので
ケアの質を認定する為の基準作りも必要になると思います。

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○緩和ケア病棟施設基準

 緩和ケア病棟には一定の施設基準(1998年4月改訂)があり我が国のホス
ピスはまだ始まったばかりです。その多くは施設依存型のホスピスでり、今後
ホスピスは地域との開かれた関係が必要であり、例えば、ホスピスボランティ
アの導入や市民運動との関わりが不可欠であり、地域の病院・医院・施設との
交流も欠かせないものと言われています。
その意味で、「緩和ケア病棟」のすべてが「ホスピス」であるわけではありま
せん。
 
緩和ケア病棟の施設基準
2002年4月1日
(1)主として末期の悪性腫瘍の患者又は後天性免疫不全症候群に罹患してい
  る患者を入院させ、緩和ケアを病棟単位で行うものであること。
(2)当該病院において看護を行う看護師の数は、当該病棟の入院患者の数が
  1.5又はその端数を増すごとに1以上であること。
(3)当該療養を行うにつき十分な体制が整備されていること。
(4)当該療養を行うにつき十分な構造設備を有していること。
(5)当該病棟における患者の入退棟を判定する体制がとられていること。
(6)健康保険法第43条第2項に規定する選定療養としての特別の療養環境の
  提供に係る病室が適切な割合であること。
(7)財団法人日本医療機能評価機構等が行う医療機能評価を受けていること。

以上が緩和ケア病棟の設置基準とされています。
この基準を満たしている場合1日38,000円の診療報酬が与えられます。
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○緩和ケア病棟承認施設におけるホスピス・緩和ケアプログラムの基準。
ホスピス・緩和ケアは、治癒不可能な疾患の終末期にある患者および家族のクォ
リティーオブ ライフ(QOL)の向上のために、さまざまな専門家が協力して作
ったチームによって行われるケアを意味します。そのケアは、患者と家族が可能
な限り人間らしく快適な生活を送れるように提供されなくてはなりません。

ケアの要件は、以下の5項目であると言われます。
1)人が生きることを尊重し、誰にも例外なく訪れる「死への過程」に敬意をは
  らう。
2)死を早めることも死を遅らせることもしない。
3)痛みやその他の不快な身体症状を緩和する。
4)精神的・社会的な援助を行い、患者に死が訪れるまで、生きていることに
  意味を見いだせるようなケア(スピリチュアルケア)を行う。
5)家族が困難を抱えて、それに対処しようとするとき、患者の療養中から死別
  したあとまで家族を支える。これが基本的考えになります。

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○今後の課題

 国が定めた施設基準は文字通り「施設」中心の基準であり、これをクリアすれば
承認ホスピスとしての国による一定の保障があたえられていますが、ソフト面
(ケアの質)は大丈夫なのかが問題です。知識や経験が乏しい医師やスタッフが、
緩和ケア病棟を担当する事も増えてくると思います。
 あるホスピスに入院した患者さんの体験でも、「主治医がどんな人間か知って
いたら、絶対に入院させなかった」 というような医師や介護者の質のへの不満や
問題も指摘されています。
 ホスビスでのケアの質を高めるためには職員の研修も不可欠ですし、医学・看護
の基礎教育の時からの研修も必要になります。まだホスピスを志す医者は少なく、
内科や外科との兼任のホスピス医も少なくありませんし、ホスピスを受け持つ医師
の専門分野もはっきりしていません。そしてこれまでの医学教育・医療で「患者を
治すことだけに一生懸命だった医者が、治療を断念した末期ケアを、すぐにできる
のか」という指摘もあります。
 またホスピスの担当医は多くの臓器の癌の終末期をケアする為には色んな科での
研修が必要です。痛みの緩和だけでなく、色んな合併症や患者さんの訴えに対応で
きるためには、人間性だけでなく幅広い知識も必要となります。

 ホスピスはまた、地域との開かれた関係が必要です。例えば、ホスピスボラン
ティアの導入や市民運動との関わりが不可欠であると言われています。地域の病
院・医院・施設との交流も欠かせないものですが、現在認可された施設がすべて
この事を考えた運営が行われているかと言えばそうでない施設もあります。

 そしてホスピスの対象疾患について、一般に「ホスピス=癌」と捉えられている
ように思います。日本では現在、緩和ケア病棟の診療報酬算定の対象となるのは
「末期の悪性腫瘍及び後天性免疫不全症候群(注;エイズのこと)の患者」のみ
となっておりますが、アメリカなどでは心疾患やアルツハイマー病 その他より
広い対象疾患に対して、ホスピス・プログラムが提供されており、日本でもいずれ、
対象疾患拡大の気運が高まるものと思われます。
 
 また在宅ホスピス、デイ・ホスピスの不足も指摘されています。我が国ではこ
れまでのところ、治癒を目指した入院生活からホスピス・緩和ケア病棟でのサー
ビスに至る間の在宅でのケアがまだ未整備の状態です。

 デイ・ホスピスは、近年イギリスやアメリカで普及してきました。日中10時か
ら15時くらいまでの時間で、症状コントロールをつけ、リハビリをしながら仲
間と楽しめる場所がたくさんあり、主にボランティアによって運営されている
とのことです。
今後本邦でも在宅ホスピス、デイ・ホスピスの認識も高まってくると思います。

しかし、現在の家庭環境、住居環境、看護・医療環境を考えた時、在宅で癌の末
期を静に迎えられる方はごく少数だと言う認識も持たねばなりませんし、癌患者
も高齢化し、痴呆などの合併症も出現し、在宅でのケアは大きく制限されます。
終末期医療の定義もないまま、「終末期の医療費が国民医療費を増加させる原因
であるため、無駄な医療は止めよう」とか、在宅での看護・介護を推進するため
むやみに「在宅死を賛美」し「畳の上で死ぬことが美」であるか如きの報道は
マスコミにも注意していただきたいと思います。
それは緩和ケアとは別の問題です。
緩和ケアやホスピスはその人、その家庭、その地域、その病状にあった終末期の
患者さんのケアと最後の看取りが出来ることが必要ではないかと思います。
 
 最後に大阪大学教授の柏木氏は先日の講演「日本のホスピス・緩和ケア病棟の
現状と将来展望」で、日本での癌で亡くなる人のうち95%が自宅以外で亡くなっ
ているが、そのうちホスピス・緩和ケア病棟で最後を迎えた人の比率、つまり
“癌死カバー率”はわずか3%で、圧倒的に少ない。そのため「専門施設の増加、
在宅ケア・訪問看護の充実に加え、一般病棟での“ホスピスの心を持ったケア”
が欠かせない」と訴えておられます。
 
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○参考にした関連リンク

ホスピス・緩和ケアについて
http://www3.coara.or.jp/~fpc/care/

ターミナルケアを考える会
http://www.hiroshima-cdas.or.jp/home/term/index.htm
緩和ケア(ホスピス)病棟を有する病院マップ
http://www.hiroshima-cdas.or.jp/home/term/hospicemap.html
ターミナルケアネットワーク
http://www.hiroshima-cdas.or.jp/home/term/network.html

在宅ホスピス
http://www02.u-page.so-net.ne.jp/jb3/hospice/
ホスピスQ&A
http://www5.airnet.ne.jp/shimin/sub111.htm
日本ホスピス在宅ケア研究会
http://www.hospice.jp/

全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会
http://www.angel.ne.jp/~jahpcu/
ホスピスケア研究会
http://www01.u-page.so-net.ne.jp/sa2/thospic/

読売新聞 医療ルネッサンス 患者と家族のホスピス 
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/renai/20010512sr11.htm
読売新聞 医療ルネッサンス 緩和ケアで人間らしく
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/renai/20020615sr11.htm

日本総研「経済的側面からみた望ましい末期医療のあり方」
http://www.jri.co.jp/research/EPP/report/ageing/2000/a20000425medical.pdf

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  http://www2u.biglobe.ne.jp/~andoh/
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  http://www.nnc.or.jp/~ken

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