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 かかりつけ医通信     第28号   2002年5月21日発行
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    健康・医療のお役立ち情報・・・医療の現場から
 私達は、医療の現場で働く臨床医です。実際の診療やネット上から
 得た健康と医療の役に立つ情報を、市民の皆さんにお届けします。

▼目次▼
1) 植え込み型心臓ペースメーカーと携帯電話
2) 介護保険制度への提言
   いつまでこんな要介護認定制度を続けるのでしょうか -1-

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1) 植え込み型心臓ペースメーカーと携帯電話

○はじめに
 植え込み型心臓ペースメーカー(以下ペースメーカーと略します)と
携帯電話について、こんなご質問を戴きました。
「病院では『院内での携帯電話は電源を切ってください』との掲示があり
ますし、電車に乗ると『他のお客様の迷惑になるので車内での利用は
ご遠慮ください。またペースメーカーなどの医療機器に影響しますので、
携帯電話のスィッチを切って下さい』などとアナウンスされます。
 ペースメーカーに対して、携帯電話はどのようなことで危険なの
ですか」。
 この問題は数年前よりインターネット上でも色々議論されていますし
ご存じの方も多いと思いますが、確認の意味と現在の知識として知って
頂く意味で、ペースメーカーと携帯電話について書いてみます。
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○ペースメーカーとは

 心臓には電気刺激を出す洞結節(固有のペースメーカー)と、それが
伝わる刺激伝統系があり、電気的エネルギーが規則正しく洞結節→心房
→房室結節→心室へと伝わることにより、適切な心拍数を得ています。
 この経路に異常が起こると脈が乱れ、不整脈と呼ばれる状態に陥り
ます。不整脈のうち、脈が一時的に停止(約5秒以上)するような場合
には、心臓から脳へ必要な血液量が供給されず失神(目の前が真っ暗
になって意識を失う)したり、稀には急死したりします。
 これを防ぐ為に電池と電気回路からなる発振器(ジェネレーター)を
皮下に埋め込み、ここから電極(リード)を血管内に通して先端を心臓の
内腔に固定させ、適切な心拍数を保つようにする機器がペースメーカー
です。
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○ペースメーカーの歴史

 今から約40年前、胸の皮下に装着する植え込み式ペースメーカー
が初めて実用化されましたが、一定の回数だけ心室を刺激する固定型
であり、電池の寿命も短く、頻回に交換が必要でした。しかし、技術の
急速な進歩に伴い、20〜40g程度まで小型軽量化され、電池を6年以上
交換する必要もなく、患者さんの自己心拍を感知し、それに応じて電気
刺激を制御するデマンド型が主流となり、心房と心室を順序良く刺激する
生理的ペーシング、更には体動などを感知して運動量に応じて脈拍を
増やすレート・レスポンス型など、より自然に近いものが普及し、装着後も
殆ど生活に不便を感じなくなっています。
 現在、日本では約40万人にペースメーカーが装着され、毎年新たに
約2万5千人に埋め込まれていると言われています。
 ただこれらの植え込み式のペースメーカーは殆どすべてが外国製で、
保険診療で医療費はカバーされるものの、ペースメーカー本体の価格
が諸外国に比べ高すぎる事が問題にもなっています。
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○ペースメーカーに及ぼす携帯電話の影響

 どのような状態で携帯電話がペースメーカーに影響を与えるか、に
ついては、平成8年、ペースメーカー協議会が「ペースメーカーと携帯
電話の距離22センチ以上離すように」とのガイドラインを出しました。
http://www.246.ne.jp/~snakajii/batista/dcmchisiki72.html
 また、携帯電話は電源が入っている限り、たとえ通話中でなくとも
最適なアンテナを求めて基地局に電波を発信しており、平成9年には
厚生省が「携帯電話に関する医療用具安全性情報」の中で、1)病院内
では(待合室など携帯電話端末の使用を特に認めた区域を除き)携帯
電話の電源を切る、2)植込み型心臓ペースメーカーの使用者は、携帯
電話の使用および携行に当たり、ペースメーカ装着部位から22cm程度
以上離す。また、混雑した場所では、付近で携帯電話端末が使用され
ている可能性があるため、十分に注意を払う、としました。

 現在のデマンド型ペースメーカーでは、携帯電話の電磁波を自己
心拍と間違えて必要な電気刺激を出さなくなってしまうこともあり、前述
のような危険な症状を予防できなくなってしまいます。そこで最近の
ペースメーカーには心臓の働きを電気的にとらえる回路が組み込まれ、
外部からの強い電磁波による擬似的な電気信号を心臓の動きとは区別し、
このような信号を感知した場合はEMI防御機構(電磁波障害防御)が
働くように設計されています。
 しかし、このような機構を持たぬ古いペースメーカーを使用して
いる方もまたまだ多く、改善型の機種が流通する今後5年から10年間
程度は、装着者ご本人は勿論、周囲の方々にもご理解頂くことが
大切になるわけです。
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○携帯電話とPHS電話、そしてマナー

 この様に携帯電話に関しては、ペースメーカーのみならず様々な医用
電気機器の誤作動を招く可能性が指摘された為、特に病院では携帯電話
の使用を厳しく制限されてきました。そこで注目されたのがその出力電力が
携帯電話の1/5〜1/10と小さいPHS電話で、周辺機器に与える影響は
ほぼ無視できる程度である為、最近では病院でも職員の通信用に使われ
ています。
 しかし、携帯電話もPHS電話機も見た目には区別できません。ペース
メーカーを装着した方にとっては、万一の危険から逃れたいと思うことも
事実であり、その切実な不安を考えると、満員の電車車内では携帯電話
の電源を切る、PHS電話の使用を控えるということは、マナーとして大切
なのではないでしょうか。また、病院内でのPHS電話の使用についても、
それを眼にする患者さん方などへの配慮が必要であろう、と思われます。
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○ペースメーカーを装着している方々へ

 以上を踏まえて循環器内科の専門医から「ペースメーカーを装着して
いる患者さんには、1)自ら携帯電話を使用しても大丈夫だが、心配なら
植え込み側と反対側の耳に当てれば更に安心、2)雑踏の中でも携帯
電話を押しつけられない限り問題は無い、と説明している、また、医者は
患者さんの不安を煽るような言動は慎むべき」との御意見も頂きました。
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○参考サイト:
1)ペースメーカー(札幌厚生病院循環器科):
http://www.gik.gr.jp/~skj/ppm/ppm.php3
2)携帯電話の電磁波によるペースメーカーの誤作動:
http://www3.justnet.ne.jp/~yoshida-phil-sci/qa_a32.htm
3)電磁波について:
http://www.dscyoffice.com/public/dentist/kanri/31705.htm
4)医用電気機器への電波の影響を防止するための携帯電話端末等
の使用に関する指針:
http://cortex.med.nihon-u.ac.jp/department/byoin_yakuzaibu/side143a.html
5)電磁波あれこれ:
http://www.ginzado.ne.jp/~okindy/emf.html
6)電磁波トピック:
http://www.tecno-ao.co.jp/topic.html
7)盗難防止装置及び金属探知器の影響について:
http://www.pharmasys.gr.jp//iyaku_anzen/PMDSI173d.html#13

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2) 介護保険制度への提言
 いつまでこんな要介護認定制度を続けるのでしょうか -1-

 今回より数回に分けて介護保険制度の問題点を述べてみたいと思います。
 特に要介護認定は介護保険制度の基本となるものですが、認定の為の
コンピューターソフトには大きな欠陥も指摘されています。
そんな問題点を示しながら、少し独断と偏見を交えてご紹介します。
要介護認定制度についての説明は少し専門的になり、一般の方には理解でき難い
説明もあると思いますが、ご容赦下さり、少しお付き合い下さい。
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○はじめに
 筆者が介護保険制度の中で要介護認定制度にはじめて関わったのは「平成10
年度高齢者介護サービス体制整備支援事業」いわゆる「10年度モデル事業」で
ある。この事業の詳細は後で述べることにするが、認定審査員として地域の要介
護認定を厚生省の指示通りに行いながら、要介護認定の方法や判定結果に疑問を
持ち始めた。
 本来介護保険制度とは、介護が必要になった方が、特別な手続きを踏まない
でも、いつでも・どこでも・すぐに利用できなければならないと考えていたので、
こんなに複雑な認定審査を受けなければならない事や決められた要介護度の限度
額の範囲内しか介護サービスを利用できないシステムにも疑問を持った。

 インターネットを使って全国の審査員や介護の関係者達と情報交換して行くに
つれ、要介護認定制度や一次判定のソフトなどに同じ疑問を持つ者が多いことも
分かった。そしてその疑問が解決されないまま、平成11年10月から介護保険制
度本番のための準備認定審査が始められ、筆者も地域の審査会の委員を委嘱され、
その会長を務めることになった。

 要介護認定の制度に批判的な者が認定審査を行わなくてはならない矛盾も感じ
ながら、現実に始まってしまった介護保険制度の中で、申請者にとって出来るだ
け公平・公正な認定を行えるよう心がけてはいるが、医療・介護の現場の医師と
して、また地域の要介護認定審査会の会長として、今のままの要介護認定審査を
このまま続けてはいけないと感じるようになった。

 そこでインターネットの個人的なホームページ
「医療制度・介護保険制度を考える部屋」
http://www.urban.ne.jp/home/haruki3/index.html

で介護保険制度・中でも要介護認定審査の問題点を訴え続けている。
そして全国に「今の要介護認定制度は問題である」との認識の輪が拡がって来て
いる。
 しかし、これは要介護認定審査に関わっている関係者の中の一部であり、多く
の審査会で理解されているかと言えば、むしろ疑問を持ちながらも要介護認定の
問題や一次判定ソフトの欠陥など理解していない審査員や審査会の方が多いので
はないかと思う。
 実際に、認定審査会の委員や自治体の事務局、ケアマネの会などで講演させて
いただく機会があり、要介護認定の一次判定ソフトの欠陥などを実例を示して説
明すると、必ずびっくりされるし、「おかしいとは思っていたがこれほどひどい
ものとは思わなかった」という言葉を必ず聞く。それほど要介護認定制度、中で
も一次判定ソフトの問題の認識度はまだ低い。

 そして要介護認定制度についての一般の国民認知度はもっと低いものと考えざ
るを得ない。
 そこで、まず認定審査の関係者には少しでも今の要介護認定の問題を理解して
いただき、「こんな要介護認定をこのまま続けることは介護保険制度そのものを
破綻させてしまう事にもなる」と言う危機感を持って、「今の要介護認定制度を
改善していくよう」に訴えたいと思っている。

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 要介護認定制度の問題の話を進める前に介護保険制度が生まれたきっかけとそ
の当時の認識について簡単に確認しておく。

○介護保険制度の創設の背景

平成9年に提出された介護保険法案の「制度創設のねらい」には
 1.老後の最大の不安要因である介護を社会全体で支える仕組みを創設
 2.社会保険方式による給付と負担の関係を明確にし、国民の理解を得られやすい
  仕組みを創設
 3.現在の縦割りの制度を再編成し、利用者の選択により、多様な主体から保険医
  療サービス・福祉サービスを総合的に受けられる仕組みを創設
 4.介護を医療保険から切り離し、社会的入院解消の条件整備を図るなど社会保障
  構造改革の第1歩となる制度を創設 する
と記載してある。

 しかし介護保険導入の厚生省の本当の目的は、総医療費の削減、特に高齢者の
社会的入院の是正にあった。

 ますます進んで行く高齢化社会を目の前にして、抜本的な医療制度改革もままな
らない厚生省が考えた苦肉の策であり、医療保険で老人に医療費を提供していると
費用が嵩むため、その一部分を医療費のパイの中から引き抜いて、これを別の保険
の名目に移し同時に一部負担を増やせば、総医療費は削減でき、介護も安上がりに
できると思ったのだろう。
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○介護保険の目的

そして国会を通過した法案の要綱には
 目的等
 1 加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、
介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、
これらの者がその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、
必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行い、国民の保健医療の
向上及び福祉の増進を図ることを目的とすること。
 2 保険給付は、要介護状態の軽減若しくは悪化の防止又は要介護状態の予防に
資するよう行われるとともに、医療との連携に十分配慮して行われなければなら
ないこと。
 3 保険給付は、被保険者の選択に基づき、適切な保健医療サービス及び福祉サー
ビスが、多様な事業者又は施設から、総合的かつ効率的に提供されるよう配慮して
行われなければならないこと。
 4 保険給付の内容及び水準は、被保険者が要介護状態となった場合においても、
可能な限り、その居宅において、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むこ
とができるように配慮されなければならないこと。

と目的が述べられている。

 一方些細なことではあるが、法案の目的は原案より知らぬ間に変更されている。

 原案では目的は「1.要介護状態にある者がその能力に応じ自立した日常生活を
営むことが出来るよう必要な給付を行うため・・・」であったが。
法案では総則・目的等で「1 加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等に
より要介護状態となり、云々」と要介護になった原因に疾病の制限が加えられて
いる。

 目的が変わったことに対するもう一つの疑問は、この制度が「介護保険」を離れ
将来的には「老人の慢性疾患に対する医療」にも適応される可能性があることであ
る。老人の医療・介護・福祉を含めていずれもが国によって規制・制限された「老
人保険」とならないか、将来的なこの制度の不安である。

 また法案では「国民の努力及び義務」が記載され「 国民は常に健康の保持増進に
努めるとともに、要介護状態となった場合においても、進んでリハビリテーション
その他の適切な保健医療サービス及び福祉サービスを利用することにより、その有
する能力の維持向上に努めるものとすること」

 介護保険制度にはこんな努力と義務が課せられているのある。なにか意味があるの
か考えさせるすっきりしない努力と義務である。
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 介護保険制度の意義について、従来の福祉・措置制度が介護に関しては保険者の
権利に変わったことである。それは現在の医療保険制度のように、国民全員で保
険料を払い、支払った者が医療保険を使える制度と同じである。

介護保険制度では40歳以上の全ての国民が保険料を払うのが原則である。そして自
分の支払った保険料で介護サービスを受けるのであるから国民の「権利」なのである。
 従って今まで措置制度で福祉サービスを受けてきた人たちも、介護保険制度は自
分たちの「権利」だという認識と、その「権利」の行使に妨げとなる問題点には自
らが声を上げるべきだと思う。

 介護保険制度の本質は別にして1999年12月9日介護保険法案は当時の自民、社民、
さきがけの与党三党の賛成多数で可決された。共産党は反対し、当時の新進、民主、
太陽の三野党は本会議をボイコットした。
 と言うことは介護保険制度自体国会で十分に審議され、国民の多数が納得して可
決された法案ではなかったとも言えるのではなかろうか。

 政府が参考にしたドイツの介護保険制度は、20年近い論議を経て1995年から
スタートし、いまだに試行錯誤の段階にあると言う。日本での論議はまだ不十分
としか言いようがない。むしろ論議不十分で始まってしまった制度とも言える。

 いずれにしろ「走りながら考える」と言うスローガンのもとで介護保険
制度は走り出したのである。
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次号に続く

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