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かかりつけ医通信    第25号   2002年3月30日発行
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健康・医療のお役立ち情報・・・医療の現場から

 私達は、医療の現場で働く臨床医です。実際の診療やネット上から得
た健康と医療の役に立つ情報を、市民の皆さんにお届けします。

▼目次▼
1) 院内感染について(総論)
2) 診療報酬改定と「周知」の不足
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 今回は読者の方から、今、話題になっている「院内感染」について教
えて欲しい、とのご要望がありました。「院内感染」と一口に言っても、
その病態は様々であり、また、そのとらえ方、注意の仕方なども医療機
関、医療従事者、患者さん、健康な方では大きく異なります。当メルマ
ガでその全てを説明することは無理ですが、院内感染を防ぐには市民の
皆さんの正しいご理解が不可欠ですので、総論と各論の2回に分けてお
届けしたいと思います。尚、詳細につきましては、文末のリンク集など
をご参照下さい。

 また、4月からは医療機関受診時の医療費が大きく変わりますが、この
ことにつき、東京の渡辺先生からお寄せ戴いた一文をアップさせて頂き
ます。是非、お読み下さい。
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1) 院内感染について

○今年1月、東京都内の脳神経外科病院にて、セラチア菌による院内感染
で患者さん7名が死亡、と大きく報道され、平成11年には都内の病院
で、平成12年には大阪府内の病院で、この菌の集団感染による犠牲者
が相次いでいたことから、これらの貴重な教訓が活かされていないとし
て、今、再び大きな社会問題となっています。
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○院内感染を理解する為のキーワード

 院内感染は、例えば健康な女性が膀胱炎になり、抗生物質の内服によ
り治癒する、という単純な図式では、とても理解できません。まず、幾
つかのキーワードをご説明します。

1)定着と感染:病原体が付着して増殖しているだけの状態を定着(共
生)と呼び、組織に侵入し反応を引き起こしている状態を感染と呼びま
す。定着は院内感染の危険因子で、定着部位としては鼻腔、頭皮、会陰
部などが挙げられますが、洗浄により病原体を除去することができます。

2)保菌者と発症患者:感染すると病原体が増殖し感染源となり得ます
が、誰もが発病する訳ではありません。発病していない人を保菌者、発
病している人を発症患者と呼びます。

3)常在菌:人間は無菌で生まれ、次第に常在菌と呼ばれる無害な微生
物を身体の内外に保有して、病原性の強い微生物の侵入を防ぎます。従っ
て、広域性抗生物質で前者の多くを殺してしまうと、後者の繁殖を許し
てしまいます。

4)耐性菌:感染症治療の切り札となる抗生物質に抵抗性を持つ菌を耐
性菌と呼びます。抗生物質を人間の治療に濫用しただけでなく、家畜の
飼料なども多用した為ではないかと考えられており、メチシリン耐性黄
色ブドウ球菌(MRSA)、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)、ペ
ニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)、多剤耐性結核菌など、多剤耐性菌の出
現が今、人類の存続を脅かしています。

5)市中感染と院内感染:病原体に暴露し感染した場所を示す名称です
が、潜伏期間が病原体により異なりますので、米国疾病管理センター
(CDC)では、入院後2日目以内に起こった感染症を市中感染、3日
目以降に発病したものを院内感染と定義しています。

6)日和見感染:健康人には病原性を示さないような微生物が、何らか
の原因で免疫力が低下した人に感染し発病することを日和見感染と呼び
ます。院内感染はこの日和見感染により生じることが多い、と言われて
います。

7)感染経路:a.空気感染、b.飛沫感染、c.接触感染、d.一般媒介
物(器具など)、e.小動物、f.血液・体液を介する感染があり、この
経路遮断を考慮した予防策が必要となります。

8)洗浄、消毒、滅菌:洗い流すだけの洗浄から、いかなる微生物も死
滅させてしまう滅菌までがあり、その間に低・中・高レベルの消毒があ
ります。これらに要する器材や物品、その使用法を感染リスクの程度別
に、3つのカテゴリーに分類したものが「Spauldingの分類」であり、例
えば聴診器やベッドなどはノンクリティカルと分類され低レベル消毒が、
胃内視鏡などはセミクリティカルと分類され高レベル消毒が、体の組織
内、血管内などに挿入するような手術器具や各種カテーテルはクリティ
カルと分類され滅菌が必要となります。
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○院内感染とは

 CDCによる院内感染の定義は上述の通りですが、入院患者さんだけ
でなく、医療従事者や家族にも及ぶことがあり、診療所や透析中の感染
もありますので、入院という言葉にこだわらず、広い意味で病院や診療
所など、医療機関を舞台に発生した感染、と考えて良いと思います。
 こう考えると、マスコミを賑わすMRSA、セラチア菌、緑膿菌など
の病原菌以外にも、例えば小児科では麻疹や水痘の、内科では肺結核の
感染が問題となり、施設では疥癬の流行も問題となります(これらにつ
いては、各論で述べる予定です)。更に透析患者さんでは器具からのB・
C型肝炎ウイルスに感染したり、流行時に持ち込まれたインフルエンザが
院内で集団発症したり、さまざまなウイルス、細菌、真菌、原虫が院内
感染を起こし得ますので、医療機関を訪れる際には、これらの病原体を
出来るだけ外部から持ち込まぬよう、充分な配慮が必要です。
 いずれにしても、病気を治すべき医療機関で別の病気に感染してしま
うのですから、これを防ぐことは医療従事者の義務だと思いますし、安
全に治療を受けられる環境を整備することは急務です。
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○国の院内感染対策

 平成11年4月、伝染病予防法が百年ぶりに改正され感染症新法となり、
翌年7月からは国の「院内感染対策サーベイランス事業」も始まりまし
たが、1970年代から病院感染管理の大規模な調査を始めているアメ
リカでさえ、2001年3月、年間8万8千人が院内感染で死亡してい
る、との報告があり、医療費削減の大合唱で経営の危機に瀕しているわ
が国の医療機関が充分な対策を講じうるのか、非常に懸念されるところ
です。事例を二つほど、ご紹介します。

1)平成8年4月、国は「各病室に消毒液を置き、月に1度対策委員会を
開くと、診療報酬加算が認められる制度」を作り、入院患者1人につき1
日5点(=50円)の保険加算を認めました。その為、多くの病院では消毒
器を設置し、院内感染対策委員会が開かれるようになりましたが、現在
は医療費削減の為、これらの加算はなくなり、消毒器を設置していない
病院、感染対策委員会のない病院では逆に減点されるシステムに変わっ
ています。

2)消毒器の設置では効果が少ない為、世界的基準を踏まえた独自の予
防法を実施していた都内の某病院では各病室に洗面台があり、紙タオル
と液体石鹸が常備されていましたが、消毒器(薬)の設置がないという理
由で、「国の基準違反」として加算金全額を返還させられた事実もあり
ます。
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○感染管理と院内感染

 院内感染を減少させる為には、専門知識を持つ感染管理医師(ICD)
・看護婦(ICN)を育成し、病院全部門の医療従事者と共に感染管理
の組織化を図ることが重要ですが、残念ながら国の姿勢は上記の如くで
す。しかし、隗より始めよ、で、医療関係者や患者さんだけでなく、医
療機関を訪れる健康な方々にも院内感染へのご理解を深めて頂き、一人
ひとりが日常の医療行為の中で予防を心掛けなければ、いつまで経って
も院内感染を防ぐことはできません。
 そこで先ず、スタンダード・プリコーション(標準予防策)という概
念をご理解頂きたいと思います。これは病気に関係なく全ての患者さん
の血液、汗を除く全ての体液、分泌物、排泄物、傷のある皮膚、粘膜と
の直接接触、及び付着した物との接触が予想される時に、手洗い、手袋、
必要に応じて、ゴーグル、ガウンなどの予防具を用いて自分自身を防御
すると同時に拡散を防止するもので、使用済み器具などの処理、環境清
掃、針刺し防止などの労働衛生、環境を汚染する患者さんの配置なども
考慮されます。
 そしてあらゆる医療行為の基本となり、感染防止に対して一番大きな
役割を果たすのが、安価で誰にでもできる「手洗い」であることを強調
したいと思います。一人の患者さんに接する度に、その前後で手を洗っ
て病原体の定着を防ぐことが肝要であり、その為には全ての病室・診療
室に、肘や足踏み操作のノータッチ方式手洗設備の設置が望まれます。
 また、これに関連して日本では「消毒」という概念が曖昧で、必要な
滅菌や消毒が行なわれず、その一方で不必要な消毒剤や紫外線などを漫
然と使っている医療機関がまだまだ多いのは残念なことです。感染防止
には、既に述べたSpauldingの分類に基づき適切な対応が為されなければ
なりません。
 他にも感染経路別予防策や、環境汚染調査(病原体サーベイランス)、
抗生物質の適正な使用など周知徹底すべき事柄は少なくなく、インター
ネットを活用して世界的規模で迅速な調査・研究・広報が可能となった
今、国を挙げて院内感染対策に本腰を入れて取り組むべき時であると考
えます。
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○総論で参考にしたサイト・マニュアル

感染症情報のページ(大阪大学医学部保健学科):
http://sahswww.med.osaka-u.ac.jp/~kansen/

セラチア菌による院内感染(日本医師会):
http://www.med.or.jp/kansen/serratia.html

牧丘病院院内感染対策マニュアル:
http://makioka.y-min.or.jp/InfCtlManual.html

MRSA院内感染防止対策マニュアル(国立療養所犀潟病院):
http://www.saigata-nh.go.jp/saigata/kangobu/MRSA/

感染防止対策の実際(香川医大):
http://www.kms.ac.jp/~mrsa/InfectionControlForInternet/IC-frame.html

感染管理委員会(下関市立中央病院):
http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/byoin/icc.html

久留米大学病院感染制御室:
http://www.med.kurume-u.ac.jp/med/imed1/kict/

感染症対策チーム(三重大学医学部附属病院):
http://www.medic.mie-u.ac.jp/ict/index.html

小児病棟・小児外来における院内感染症対策(県立岐阜病院小児科):
http://www.pref.gifu.jp/gifu_hospital/Sinryoka/08pShoni/STUDENTS/infectcon.html

感染症情報センター(国立感染症研究所):
http://idsc.nih.go.jp/index-j.html

Hospital Infectiono Control(吉田製薬):
http://www.yoshida-pharm.com/index.html

感染管理に関するガイドブック(リスクマネジメント検討委員会):
http://www.nurse.or.jp/senmon/kansen/index.html

消毒薬テキスト:
http://www.yoshida-pharm.com/text/index.html

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2) 診療報酬改定と「周知」の不足
        東京都 整形外科医 渡辺正紀

 4月から健康保険で診療する報酬(患者さんにとっては一部負担金の
元となる診療ごとの単価と計算方法)が改定されます。既に報道された
ように医療費全体を減らす改定ですので医療機関の収入が減る結果とな
ります。現場の働く人間にも厳しい改定であることをご理解ください。
非採算部門の診療を廃止したり、入院ベッドを閉鎖するなどのサービス
の低下も有りえます。
 毎度の改定の度に問題となるのは、会計窓口での混乱です。前回と同
じ治療をしても負担する金額が同じにはなりません。計算ルールを決め
た方が事前に全国民に判り易い説明をする周知期間があればいいのです
が、4月1日からの改定というのにまだ詳細が不明です。医療機関が事
前に説明することが不可能なギリギリ改定は医療機関にも患者さんにも
不幸です。
 受診の度に違う料金(一部負担金)。これを簡単に説明できないほど
計算ルールが複雑怪奇になっていきます。病院では機能別・規模別で異
なりますし、診療所ではまた別の計算です。再診でも月の1回目は月単
位の指導料があったり、月2回の指導料だったり、処置をした日の料金
が安いなど矛盾もはらんでいます。
 単純に合計点数の何割負担、というほかに、老人では月の負担限度額
があれば何回目かの受診で負担金がゼロになります。負担限度額はいろ
いろな制度で追加され、また所得で異なるために個別に「あなたの場合」
を説明することは大変な手間ですし、窓口で免除と聞こえたらプライバ
シーの問題も気になります。
 診療のレベルを落とさずに、医療の安全を守り、向上をはかりながら
も、報酬は減る、という厳しい現実に目を向けてください。今後の理想
の医療体系を再構築する作業が始まります。患者さんからも意見が必要
です。
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【WEB】   http://homepage1.nifty.com/hone2/kakari/
  ご意見・ご感想等ございましたら、以下のメールアドレスへ
【MAIL】   nagashi@t-cnet.or.jp
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た過去に発行したメールマガジンはこのホームページで参照可能です。
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 最近、読者の皆様から編集部宛にいろんなメールをいただいておりま
す。皆様からのご意見も参考にして、メルマガ「かかりつけ医通信」の
紙面づくりに生かして行きたいと考えておりますので、どうぞご意見を
お寄せ下さい。また皆様から寄せられたメールも、出来るだけ紙面でご
紹介していきたいと考えておりますので、事前の承諾なしにメルマガに
掲載させていただく場合がございます事をご了解下さい。匿名などのご
希望や、掲載を望まれない場合には、その旨御明記願います。
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【発行】「かかりつけ医通信」発行委員会
 当委員会は、趣旨に賛同した医師による、自発的な会です。
 他の既存の団体や会社に所属しているものではありません。
【編集】
(委員長)長島公之:長島整形外科(栃木県) 整形外科医
      http://www.t-cnet.or.jp/~kotui/
(委 員)
 安藤潔:荒川医院(東京都) 内科医
  http://www2u.biglobe.ne.jp/~andoh/
 本田忠:本田整形外科クリニック(青森県) 整外外科医
  http://www.orth.or.jp/
 吉岡春紀:玖珂中央病院(山口県) 内科医
  http://www.urban.ne.jp/home/kugahosp/index.html
 吉村研:吉村内科(和歌山県) 内科医
  http://www.nnc.or.jp/~ken
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