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 かかりつけ医通信     第20号   2002年1月25日発行
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    健康・医療のお役立ち情報・・・医療の現場から

▼目次▼
1)飲酒について お酒の豆知識 -2-
2)老人医療費について -3-
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1)飲酒について お酒の豆知識
●はじめに
●飲酒と心臓病による死亡率
●高血圧と飲酒の関係
●糖尿病と飲酒の関係
●ドリンク剤とアルコール
●節度ある適度な飲酒とは
  節度ある飲酒10か条
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2)老人医療費について -3-
●老人の「終末期医療」について
 ●ピンピンコロリ(PPK)
●終末期医療の定義
●終末期医療は高額になるのか
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1)飲酒について お酒の豆知識 -2-
●はじめに
 前号ではアルコールの功罪のうち、主に罪について述べましたがアルコ
ールの作用は、悪いことばかりではありません。古来、「百薬の長」などと
持ち上げられてきた長所も、医学的にはっきりしてきています。
そこで今回は最近の資料のなかで、飲酒の「功」を少し述べておきます。

 心筋梗塞や狭心症など虚血性心臓病には、アルコールが予防する効果が確
かめられています。虚血性心臓病の危険度は飲酒量の多少にかかわらず、飲
まない人より低く抑えられるのがはっきりしています。
 脳梗塞については、少量のアルコールが予防的に働きますが、大量になる
とリスクを高めるようです。
 心臓や頸部、手足などの血管の動脈硬化の程度も、飲む人が飲まない人より
軽いことが認められています。
 こうした「功」の面は、善玉コレステロールが増え、血液が血管の中で詰
まりにくくなるための効果といえます。アルコールがそれほど血圧を上げな
いことも関係しているでしょう。
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●飲酒と心臓病による死亡率
 アルコールの飲酒量と全死亡率との関係を10年間にわたって調べた英国
の研究がありますが、適度の飲酒者は全くお酒を飲まない人や大量に飲む人
に比べ、長生きするとの結果でした。適度のアルコールにより虚血性心疾患
(心筋梗塞や狭心症)などの循環器系疾患の発病が減るためとされています。
 アルコールには、善玉コレステロール(HDL- コレステロール)を増やす作用、
血小板の凝集を抑制する作用や、ストレスから解放する作用などのためとされ
ています。
 適当な飲酒量は個人差はありますが、日本酒では1日1合から2合、ビール
なら大びん1〜2本といわれています。 しかし1日3合以上飲む多量飲酒者は、
虚血性心疾患による死亡率が逆に高いとの報告もありますので、適量が大切で
す。この現象は、少量の飲酒で死亡率が下がり、大量に飲むと、ちょうどJの
字を描くように急激に上昇するところから、Jカーブと呼ばれています。
 Jカーブを示すことができませんので数字でご紹介します。
 全く飲まない人を 1とした時の相対危険度
 時々飲む          0.93
 2日に1合程度     0.67
 毎日1合程度     0.79
 毎日2合程度     0.96
 毎日4合程度     1.33
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●高血圧と飲酒の関係
 ふつうアルコールを飲むと、血圧が少し下がり、脈拍が増えます。
 アルコールの代謝に関係している酵素の働きが遺伝的に弱く、飲むと顔が赤
くなる人では、アルコールが代謝されてできるアセトアルデヒド(二日酔いの
原因)が血液中に増え易く、血管を広げて血圧が低下したり、脈拍が増え易く
なります。 そんなとき急に立ち上がったり、排尿すれば血圧がもっと下がって
失神発作などを起こすこともあります。
 長期的には大酒家は高血圧症になるリスクも高まることが示されています。
 肥満、塩辛いつまみから塩分のとり過ぎの他に、血管の収縮性が亢進したり、
交感神経の緊張や、腎臓からマグネシウムやカルシウムが失われるためなどが
原因と考えられています。
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●糖尿病と飲酒の関係

 昨年10月米国糖尿病協会(ADA)の学術誌であるDiabetes誌10月号に
発表されたデータによると、約5万人の中高年男性を追跡した研究で、
アルコールの摂取パターンと2型糖尿病の発症リスクとの間に相関がある
ことがわかりました。
 解析の対象となった4万6892人のうち1571人が、平均12年間の追跡期間
中にII型糖尿病を発症しました。1日平均のアルコール摂取量で解析すると、
全くアルコールを飲まない人よりも、エタノール換算で50g(2単位)以上飲む
人の方が、II型糖尿病の発症率が36%低くなることがわかりました。アルコ
ールの摂取量と糖尿病発症率には正の相関があり、年齢、体脂肪指数(BMI)
、喫煙歴や運動習慣、高血圧、糖尿病の家族歴など、糖尿病の発症に寄与し
うる因子で補正した後も、相対発症率は50g以上の飲酒者で39%低くなりま
した。
 1週間に平均何回飲酒するかで同様の解析を行ったところ、週に1〜2回
飲むが1日平均量は1杯未満の(全く飲まない人を含む)群と比べ、週に3
〜4回飲む群や、週に5回以上飲む群では、飲酒量に関わらず補正後のII型
糖尿病発症率が有意に低くなりました。1日平均の飲酒量も含めて解析する
と、糖尿病の相対発症率は、「週に5回以上飲むが1日平均量は1杯未満」
の群で0.48と最も低くなったとのことです。
 食事と共に飲酒するか否かや摂取するアルコール飲料の種類についても同
様の解析を加えているが、糖尿病の発症率との間には相関がみられなかった
ようです。
 以上からこの研究では、
 1.食事しながら飲むかどうかや、アルコール飲料の種類に関わらず、
飲酒そのものが糖尿病の発症を抑制する。
 2.1度に大量に飲むよりも、週に何度も少量ずつ飲む方が抑制効果が
高い
と結論付けています。
 そして、その結果を支持し、糖尿病患者にとって有害と思われがちなアル
コールが、少量の飲酒ならば糖尿病治療に悪影響を与えず、むしろ好ましい
ことが、日本臨床内科医会の調査で分かりました。

「糖尿病でも適量の飲酒なら大丈夫=臨床内科医会、初の大規模調査」という
タイトルで報道されましたのでごらんになった方もあると思います。
 糖尿病患者1万2860人分の大規模調査で、血糖コントロールの良否を示す
HbA1c値と飲酒量との関係を調べた。
 この結果、飲まない人のHbA1c値が7.12%だったのに対し、日本酒に換算し
て1日1合未満飲む人の方が6.93%と低く、コントロールが良かった。
1合以上3合未満の人は7.03%、3合以上の人は7.31%だった。
 また、最も多い合併症である神経障害とアルコール摂取量との関係を見ても、
2合未満飲む人は飲まない人より発症頻度が低かった。それ以外は酒量による
明確な差異は見られなかった。
 アルコールは食事療法を乱す原因となるため、通常は禁酒・節酒が必要。
「飲酒を勧めるわけにはいかないが、お酒の好きな人が全く我慢することは
ない」としている。

http://medwave2.nikkeibp.co.jp/wcs/med/leaf?CID=onair/medwave/mdps/145820
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●ドリンク剤とアルコール

 アルコール摂取を考えるとき、普通はビール、ウィスキー、ワイン、日本酒等
を思い起こしますが、市販ドリンク剤にもアルコールが添加されており、医薬品
とアルコールとの相互作用を考える場合無視できません。

 アンタビュース作用発現には必ずしも大量のアルコール摂取を必要とせず、
コップ1杯のビールでも生じる場合がありますので、素人判断により市販ドリン
ク剤を 1日 2 、3 本摂取した場合は、医薬品との相互作用を生じる可能性があり
注意が必要です。
 例えば、アルコール濃度が 4 %のビールを100 ml 飲用すると、アルコール
の比重は約 0.8 ですから、アルコール量を3.2 g 飲用することになります。
市販ドリンク剤の中には 2 、3 本摂取すればコップ1杯分のビールを飲用した
ことに相当するものもあるため、市販ドリンク剤と医薬品との相互作用が生じ
る可能性を認識しておくべきです。
たとえば1瓶中のアルコール量は(g/瓶)
エスカップ1.27、新グロモント0.80、ソルマック0.68、リポビタンD 0.34
と表示されています。

医薬品とアルコールの相互作用
http://square.umin.ac.jp/~jin/text/int-alcohol.html
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●節度ある適度な飲酒とは
 「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」において、
アルコールと健康の関係について、「節度ある適度な飲酒として、1日当たり
平均純アルコールで約20g程度である」としています。
前号で紹介したアルコール1単位に近い量です。
なお、
 1.女性は男性よりも少ない量が適当である
 2.少量の飲酒で顔が赤くなるなど、アルコール代謝能力の低い人では、
  通常の代謝能力の人よりも少ない量が適当である
 3.65歳以上の高齢者においては、より少量の飲酒が適当であること
 4.アルコール依存症者においては、適切な支援のもと完全断酒が必要で
  あること
 5.飲酒習慣のない人に対してこの量の飲酒を推奨するものではない
などについて、注意する必要があります。

●節度ある飲酒10か条
 1.笑いながら、ともに楽しく飲もう
 2.自分のペースでゆっくり
 3.食べながら飲む習慣を
 4.自分の適量にとどめよう
 5.週に2日は休肝日を作ろう
 6.人に酒の無理強いをしない
 7.薬と一緒に飲まない
 8.強いアルコール飲料は薄めて
 9.遅くても夜12時で、きりあげよう
 10.肝臓などの定期検査を受けよう

 酒は「百薬の長」か「万病のもと」か、それは個人個人がどのように酒と付き
合うかによって決まることでありますが、21世紀の国民の健康づくり対策とし
ても、飲酒の適正化が食事の栄養指導の一環としてしっかりと組み込まれること
が必要でしょう。
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2)老人医療費について -3-
●老人の「終末期医療」について

 最近、「苦痛だけの治療はやめよう」とか、「QOL(生活の質)や生き甲斐を重視
した治療を」という声が高まってきました。あるいは、「患者の自己決定権の確立」
や「ピンピンコロリ(PPK)」という言葉もよく使われています。どれもいい言
葉ですし、個人の意思を尊重する医療になるなら好ましいことです。

●ピンピンコロリ(PPK)
 ピンピンコロリ(PPK)とは「できる限り元気で生きて、長患いをせずに死ぬこ
と」で、ある医療評論家によって広められた言葉です。特に長野県は、平均寿命が
長い割には一人当たり老人医療費が全国最低であるため、ピンピンコロリの里と言
われています。

 もちろん誰も歳とって寝たきりになりたいとは思わず、できるだけ元気で長生き
し、もし急病になったら長患いせずにコロッと死んでしまうのが医療費はかからず、
家族にも負担をかけない理想的な死に方だと思いますし、できればそうなりたいと
思う気持ちは理解できます。
 しかし、今の救急医療の技術は進歩し、脳卒中程度ならコロッと死なせて貰うこ
とはできません。昨日まで元気だった身内が、突然倒れて救急病院に運ばれれば、
「何とか治療して元に戻れるように、元に戻れないなら自立できる程度に、それが
無理なら命だけは助けてほしい」と思うのは家族として当然の気持ちだと思います
し、救急医も同じ気持ちで治療するだろうと思います。それが救急医療の現場です。

 そうすれば、高齢人口は増えるのですから、疾患の率も増え、後遺症を残し看護・
介護が必要な高齢者もますます増えることだと思います。急性期にコロッと死なせ
るPPKというわけには行かないのです。
 しかし、よく考えてみるとこれらの言葉も医療費抑制のための国やマスコミの作
った宣伝文句なのです。老人の終末期医療には無駄な金がかかるとして、これを抑
制するために作られた言葉なのです。老人の終末期の定義もなく、癌の末期などの
終末期医療の定義が、老人の医療にすり替えられているようです。

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●終末期医療の定義

「疾患を持った弱い高齢者」に対する医療のあり方や終末期の定義が曖昧なまま、
混乱しているなかで、老人の終末期医療が、集中的に一部の経済学者やマスコミに
よって狙い撃ちされています。老人の終末期医療費が国民医療費膨張の元凶である
と、根拠もなく喧伝し、ついで、要介護のレベルの高齢者をすべて「終末期にある」
と拡大解釈し、そこへの医療の提供を批判しています。
 つまりは、「弱い高齢者」への医療をいかに減らすか、なくすかという観点から
しか考えていないのです。そして、「QOLの低い状態で生きることは無意味」とい
っ た、高齢者の生存権を否定するような議論が、急速に広まりつつあります。
 人は、終末期医療と聞くだけで、「過剰医療」批判がありますから、「無駄」と
考えます。「終末期医療に金をかけるな」という反応となっては当然です。その上
に高額だとなれば、医療はやめようと考えるのも自然の流れになります。
 終末期の拡大解釈によって、健康寿命の尽きた高齢者は限りなく終末期に近い、
ということになります。これは、非高齢者や元気な高齢者の本音を端的に表現して
います。「弱い高齢者」は、終末期の拡大解釈と健康寿命という概念の導入によっ
て、前後から挟み打ちされることになったのです。
 加えて、「QOLの低い状態は生きる意味がない」、「無意味な延命は止めよう」、
「苦痛を与えるだけの治療は止めよう」、「抑制が必要な医療は止めよう」といっ
た考え方が追い打ちをかけています。

また治療の停止という消極的安楽死が、「老人終末期患者」に検討されるべきで
あると主張さています。助かる命を見捨てることを「ターミナルケア」と強弁し、
「死の自己決定」が賞賛され、「自己決定」をしない老人は「死生観がない」と非
難されるのです。しかも「死に直接つながらず、死期も予測できない」患者をも
「老人終末期」と呼ぶことが通説化しつつあります。

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●終末期医療は高額になるのか

 高齢者の医療を行っている我々も現実に、高齢者の終末期の医療費が高くなる
と言うデータには疑問を持っています。むしろ若年者の終末期の方が医療費は高騰
します。特に老人の入院の規制が厳しくなった今、療養型病床などで亡くなる場合
には、終末期も包括化ですので一日医療費は全く変わりません。
 一方、高齢者はそれほど医療費がかからないという調査研究もあります。
厚生労働省の研究機関である国立社会保障・人口問題研究所の府川氏は「終末期に
は医療費をたくさん使うという見方は正確ではない」と発表されています。
 また日本経済研究センター鈴木氏らの研究にでも、高齢化は必ずしも医療費の高
騰の原因ではない。
 1)終末期以外の医療費は長寿化によってはあまり増加しない。
 2)終末期医療費が長寿化により減少することにより、全体として若干ではある
が医療費が減少する。と報告しています。
このように老人の終末期医療費は老人医療費全体では大きな影響はないとの結論
が一般的です。


終末期医療費は医療費危機をもたらすか
http://www.sekishinkai.or.jp/ishii/opinion_tc03.htm
医療保険改革と「老人終末期医療」
http://www.sekishinkai.or.jp/ishii/opinion_tc04.htm
寿命の長期化は老人医療費増加の要因か?
http://www.jcer.or.jp/research/discussion/discussion70.html
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●まとめ
 一連の老人医療費抑制のためのキャンペーンは、重症者への医療や老人医療を
無駄な医療だという考えを国民に植え込み、冷静な論議を困難にしています。
「長期にわたる植物状態の患者や、意識レベルの低下した長期療養患者を、集中
治療が必要な患者と故意に混同し、「スパゲティ症候群」などというレッテルを
貼って、無駄な高価な治療であることを強調するのはマスコミの通弊である。」
とも言われます。
 先日の朝日新聞の「くらし」のページで取り上げられていました「延命治療の
拒否」の話題などとも関連しているのではないかと考えると、やはり「年寄りは
あまり治療をするな・早く死なせてあげなさい」と言う国民的コンセンサスを作
ってしまおうとしているようにも感じます。
 この記事は記者の勉強不足で間違った内容があちこちありますが、鼻腔栄養や
酸素療法・胃瘻をすべて「延命治療」と考えているような記事で「延命治療」の
定義をしっかりさせないといけないと思います。しかしこんな記事がでますと、
一般の方にはチューブをつないでまで生きていても仕方ないように捉えられ、知
らず知らず国民は「老人」を見捨ててしまってゆくのでしょうか。
 看護している家族にとっても、治療している関係者にとっても悲しいことです。

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