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 かかりつけ医通信     第8号   2001年11月7日発行
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    健康・医療のお役立ち情報・・・医療の現場から

▼目次▼
1)名医リストは意味があるのでしょうか
2)医療制度改革特集号
 今回から数回にわたって医療制度改革について検討してみます。
 少し難しい議論となると思いますが、これからの日本の医療制度の
 在り方を考えたとき、避けて通れない問題だと考えております。

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名医リストは意味があるのでしょうか(よい病院、よい医院とは)
 ●はじめに
 ●医療における情報公開の問題点。説明と同意の問題
 ●その評価の社会的影響は(過度の特定病院集中)
 ●患者さんとしては、どの様にして病院を選べばよいのでしょうか?
 ●まとめ
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●はじめに

 ネット上で健康相談をしていて、いつも困る質問は、「良い病院を紹介して
ください」という質問です。また雑誌などでも、よく「全国名医リスト」など
という、特集が組まれます。しかしリストを見れば、無難なところで大病院
しか選んでいませんし、名医としてリストアップされたところも、法外な掲
載料を要求されたものもありますので正直なところあまり役に立ちません。
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●医療における情報公開の問題点。説明と同意の問題

 患者さんのニーズの多様化は時代の流れです。それに答えるためにも、各病
院の情報公開は、もっとすべきと思います。しかしはたして、単純に情報公開
して、しかも「比較広告」すれば、すべては解決するのでしょうか?
比較広告の大原則は、
 比較広告で主張する内容が、客観的に実証されていること。
 実証されている数値や事実を、正確かつ適正に引用すること。
 比較の方法が公正であること(不当表示などでない)
の3要件を満たす必要があるわけです。
 ところが医療というのは、数学などの純粋科学ではなく、まだ経験科学です。
たとえば胃癌の手術成績一つをとっても、施設によって対象者や重症度も異なる
群に手術をして行うわけですから、軽い群の施設の成績は非常に良く、重症群を
扱うところは悪くなります。
また成績を出すにしても、5年、10年とかかります。医療は日進月歩ですから、
成績が出る頃には別な治療法をしているところが大部分です。医師も変わって
います。医師の技術者としての技量も、年齢とともに大きく変わります。
 患者さん個人にとっては統計はあまり意味がありません。
 医療の場合に、果たして万人が、あるいは評価された医師が納得でき、深く
反省し、医療の改善に役立つようなるような、ある程度客観性をもった指標が
できるのか、はなはだ疑問です。もとより、患者さん代表がいて、有識者がい
て、医師がいたからといって、客観的な評価が担保はされません。わかりやす
い指標ひとつをとっても難しいのです。
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●その評価の社会的影響は(過度の特定病院集中)

 医療において、わかりやすい指標、たとえば、各病院の手術成績をリストし
て、病院のランク付けを行い、それを一般に発表するとします。全国の患者さん
は、当然、その数字だけで、一番の病院を目指します。その病院は、たしかに
一つの面では良い病院かもしれませんが、どの病院も、人的にも規模的にもキャ
パシテイというものがあります。全国から患者さんが集まれば、仕事にならなく
なります。当然質の低下が起こります。患者さんの根拠のない「大病院集中の
弊害」も良くいわれていることです。それは医師と患者双方にとって不幸な事
です。全的な評価でない、単なる一面の目安でしかない評価が一人歩きしたら、
これは怖いことになります。
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●患者さんとしては、どの様にして病院を選べばよいのでしょうか?

 では、比較広告がだめなら、医療機関の質の判断の仕様がないではないか、
それは困るという向きが有るやもしれませんが、それは偏差値教育に毒された、
わかりやすい基準を求めているだけで、そう簡単な話には残念ながらなりませ
ん。病気は非常に多様なのです。患者さんのニーズも多様です。家庭の事情な
ども有るでしょう。あくまで病気は、個人的、個別的なものなのです。一対一
で個別的に考えていかざるを得ません。医師も患者さんの事情に合わせて、柔
軟に対処する(裁量権を、最大限に発揮する)必要があります。

1)多種多様な情報のなかで、あくまで個別的な自分のニーズにあわせて考える。
 医療機関も、患者さんに考える材料と、医療機関の選択の自由の幅を、与え
ることはよいことと考えます。特にネット上のホームページで、各病院のいろ
いろな情報の公開をする。「治療成績の公表。内部の設備、その他、人的スタ
ッフの紹介」等です。もちろん、これはあくまで、法的な規制の中で行うべき
と思います。
 現在の日本の病医院のホームページは、まだまだ内容が貧弱です。もっと情
報を蓄積すべきです。一方、広告に関する、種々のデータを見れば、現在の日
本においては、比較広告はむしろ反感を買います。しかも大病院にとっては、
はじめから有名なのですから、このような比較広告は、あまり意味がなく、む
しろ不利でさえあるとなっています。ネット上では、中小病院、診療所などの
ほうが、自分の病医院の独自性をアピールできるので、非常に効果的であると
思います。患者さんが、現在の日本の医療における、地域内の病医院の多様性
が理解できれば、意味のない患者さんの大病院集中を防ぐ手立てにもなります。
当然、魅力ある中小病院や医院が、世の中にはいっぱいあるわけですから、多
いにネット上で宣伝すべきであると考えます。

2)医療の専門家としての、「かかりつけ医」を、ナビゲータとして上手に利
用する。
 現在の日本では、患者さんはどこの病院を選んでも自由です。これはフリー
アクセスといいます。いっさい規制は出来ません。しかし、低成長時代で、医
療資源は無限ではありません。医療は地域の中で解消するのが基本です。
 医師と患者の関係は、情報の非対象により平等ではありません。そのなかで、
患者さんが、医療の専門家としての「かかりつけ医」の活用を図るのは、賢い
選択であると思います。あくまでゲートキーパーたる開業医が、情報のバラン
スをとり、患者さんと対話して、各患者さんにとって最善の道をいっしょに考
えるべきでしょう。
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●まとめ

 患者さんの病気は多様です。当然、そのニーズも多様である。同じく、地域
において求められる病医院の機能も、多様であります。治療成績だけが病院の
質の評価ではありません。医療は、お互いの信頼関係でなりたつものです。
「患者対医師」。「医師対医師」でもそれは同様です。面識もない、あるいは
信頼関係の無いところでの、医療ははなはだ困難になります。われわれ医師は、
地域内では医師のネットワークが存在しますので、地域内のことは熟知してい
ますが、地域外のこと、あるいは専門外のことはよく知りません。
 医療は、患者さんの多様なニーズに対し、あくまで一対一の対話をベースと
して、共に行っていくものと理解しています。
 また通常の疾患は一回の受診ですむものではありません。直るまで、継続的
な受診が必要になります。遠くの病院に通いきれるものではありません。医療
は、いわば地域密着産業といえます。病医院の質の評価は、人間の評価と同じ
で、もっと多面的で、豊かであってよいと考えます。また病院の「偏差値」を
示しただけでは、何も考えないで、数字だけで人を評価する、偏差値人間を大
量生産するだけだと思います。いろんな情報のなかで、自分で考え、自分の責
任で物事を選択する人間を作ることにはなりません。あるべき「患者対医師の
関係」は、情報に振り回されないで、個人的な「信頼関係」を大切にした、対
話のなかで、バランスをとりながら、自己の判断で、病医院を選択することで
あろうと思います。従って当初の健康相談に対する具体的な回答は、「地域の
ことは、地域医療に従事している、かかりつけ医の先生が良く御存知です。「か
かりつけ医の先生に良く御相談ください」ということになります。
賢い患者さんになりましょう。

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●参考文献
読売新聞医療ルネッサンス
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医療制度改革について
 ○はじめに
  ●聖域なき構造改革について
  ●セーフテイネットについて
  ●現在の政府案について
  ●日本の医療の現状
  ●低医療費政策
  ●病院の合理化
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○はじめに
●聖域なき構造改革について

 小泉内閣の構造改革の基本理念は、資源の再配分を行い、市場原理の因に効
率の良い社会を作ろうということのようです。市場の失敗による失われた10
年のために、経済が厄介な事態になっています。このままでは日本は立ちいかな
いので確かに経済の合理化と活性化は必要かと思います。
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●セーフテイネットについて

 一方、構造改革により、市場原理にのっとった社会を作るなら、当然システ
ムから落ちる方はいるわけで、失業対策ばかりではなく、福祉や医療制度を充
実して、社会全体で支えるシステムを確立しないと、国民の皆さんは安心して
働けません。老後や健康が心配なら、どうしても、財布の紐は硬くなります。
個人消費が冷え込めば、当然市場原理そのものが崩壊すると思うわけです。こ
れがセーフテイネットの基本理念と思います。いわば構造改革を下支えするネ
ットを構築する必要があるのです。
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●現在の政府案について

この改革の具体的な方向性は以下のようになっています。

          厚労省試案        財務省「改革の論点」
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患者負担      75歳以上1割      全世代を通じ3割
          (高所得者2割)     免責制度の導入
          70〜74歳2割     (外来1回、入院1日ごと
          3〜69歳3割       500円)
          3歳未満2割
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高齢者医療制度   現行の仕組みで対象年齢  高齢者の優遇をやめて
          引き上げ         財源調整機能を残す
           (70→75歳)
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医療費の伸び率   対象は高齢者分      医療費全体を対象
管理        超過分は2年後に調整   翌年に調整
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診療報酬      経済動向などを勘案して  引き下げ
           見直し
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(朝日新聞2001年10月18日朝刊より一部改編)

厚労省、財務省案共に、医療費の患者さんの個人負担を増やし国の負担を減らす。
個々の医療内容によっては保険の適応から外して自己負担部分を増やす(混合診
療)。そこに市場原理・競争原理を導入する事により、医療費全体を抑えようと
いう事のようです。
しかし、ここには大きなトリックがあります。
医療費は、個人々の患者さんの財布から出ていく医療費の総額です。保険で見て
もらえなくなった分は患者さんの自己負担となります。その分の医療費は国の財
政からは減りますが、個人々の患者さんの立場から考えればこれは大幅な負担の
増加になるという事です。しかも、市場原理を単純に導入すれば医療費の増加が
防げるというのは幻想であるばかりか、逆に大幅に増加するという事は米国の医
療事情を見れば一目瞭然です。

日本は今、深刻な不況下にあります。この8月の完全失業率(季節調整値)は7
月に引き続き5.0%を記録しています。米国テロの影響や狂牛病、炭疽菌テロ
の影響で、更に失業率は高くなる事が予想されています。そんな中でも小泉首相
は「改革の実行により、失業者が更に増える事は覚悟しなければいけない」と言
い続けています。となると失業率がどこまで高くなるのか予測はできません。

職を失い、収入は閉ざされ、最後の頼みの綱である自分の体すらお金が無いと治
療できないという医療制度改革案の中で、今日本全体を逼塞(ひっそく)感が覆
い、更に国民の財布のヒモは堅くなり、デフレスパイラルは加速されつつありま
す。
医療現場にいる私たちが望むのは、最後のセーフティーネットとして、誰もが安
心して医療を受けられる、医療制度です。日本の医療は護送船団方式だ、という
批判をする人がいます。しかし国民皆保険制度が守ってきたのは「医者」では無
くて「患者」さんなのです。患者さんの財布の状態によって治療内容や薬の質を
落とさざるを得ない、お金を持っている人と持っていない人の間で医療の質が全
然違う、そんな『医療制度改革』をあなたは望みますか?

セーフテイネットを構築しましょう
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●日本の医療の現状

 世界保健機構(WHO)が、昨年、加盟191カ国の保健医療システムについて比
較した結果、総合評価では日本が世界で一位でした。経済協力開発機構(OECD)
の調査では、国内総生産(GDP)に対する総医療費の比率は、日本は、先進国の
中で最も低いレベルでした。また、「医療費の伸びが経済成長を上回っている
からたいへんだ」といわれますが、60〜70年代の医療費の伸びは今よりもはる
かに高かったのです。最近の医療費の伸びは落ち着いていて、むしろ減少傾向
にあります。米国に比べたら、まったく伸びていないといってもよいと思いま
す。医療費もちょうどアメリカの値の半分です。アメリカはいろいろな医療の
市場化により、ラジカルな改革をおこなってきましたが,医療費は急速にのび
てきています。つまり、現在の日本の医療制度は、全体としては、安くて、効
率が良く、質が高いといってよいと思います。
日本の医療の現状
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●低医療費政策

 しかし、最大の問題は、このような諸外国に比較して、低い持続的な低医療
費政策のために、いままで十分な投資がなされていないことです。「医療経済
実態調査(平成7年)」によれば、医療機関の医業収入から医業費用を控除し
た収支差額は、それぞれの医業収入を100とした場合、一般病院は1.1、一般診
療所は17.3(有床)と25.1(無床)であり、病院の収益率が極端に低いことが分か
ります。その理由は病院の給与負担が5割も占めていることや(診療所は3割
弱)、賃貸料・福利厚生などの経費や診療材料費、医療消耗器具備品費などの
負担比率が高いことです。
 病院の現状は、悪名高き3時間まちの3分診療。狭い汚い病室で、風呂もト
イレも恵まれていない。食事も選択の余地がない。そして重大な病気でもっと
いたいのに早く追い出される。病院の標欠も問題になっています。患者さんは
医師や病院を批判するわけです。しかしこれは医療機関のみが本当に悪いので
しょうか。
 診療報酬体系は病院の設備拡大投資費用などの、間接費用までは十分考慮さ
れていません。単に直接経費(人件費、特定医療材料など)を考慮して作成し
ているものなのです。低医療費政策で、医療機関に拡大再生産するだけの十分
な診療報酬をいただいていないのです。

日本の適正な医療費の計算
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●病院の合理化

 医療技術の進歩はめざましく、高度医療を扱う病院が増大する一方で、大部
分の急性期病院。特に公的病院は大部分が赤字なのです。医療という労働集約
産業になかで人件費高騰に悩みながらの、病院の経営努力はきわめて限られる
わけです。全体の病院の数の減少、国立病院、大学、自治体病院などの統廃合
がはじまりつつあります。特に個人病院の没落もはじまってきております。
 日本の医療は現在でも貧困のままなのです。そのために医療スタッフの劣悪
な労働条件。入院環境その他、勤務医の低給与など多くの矛盾が噴出してきて
います。医療者のボランティア精神で何とか質を保っているというのが現状で
あろうかと思っております。

平成12年度 医療費の動向−厚生労働省保険局調査課
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●参考資料

経済諮問会議の論点
医療制度改革の課題と視点〔厚労省)
老人保健制度の現状と課題(厚労省)
定例事務次官記者会見H13.8.09(厚労省)
次号に続きます
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